クリスマスを貴方と……2






大切なクリスマスの日に愛しい恋人を取られた快斗は凄く不機嫌だった。


この日の為に指折り数えて色々準備をしていたのに、全てパーになってしまったから気分は落ち込むばかり。

折角、キッドの仕事も休みを取って楽しみにしていたと嘆いている男が一人。(←おいっ!)


午後10時。
恋人のいないクリスマスをすごす事になった少年は、白い衣装に身を包み夜の街を徘徊していた。


胸には戦利品のビックジュエルを抱いて……。




















今日のキッドはひと味違った。
そう、警察の関係者が証言する横には、真っ白になった人間が数人転がっていた。


中森警部と白馬探偵。
そしておまけの刑事達。


愛しい恋人とのクリスマスに夢敗れたキッドは、腹いせとばかりに邪魔する者を蹴散らした。
中森警部であろうが白馬探偵であろうが、そりゃもう全くの手加減ナシ。

親の仇とばかりに虐め抜く。

しかも時季も場所も悪かった。
今日は言わずと知れたクリスマスイブ(…2時間前)。
クリスマスイベントで開かれていた宝石展のキャッチフレーズが、更にキッドの怒りに火を注ぐ。




『恋人達に贈る素敵な夜を……』




それを目にしたキッドの理不尽な怒りが炸裂したのは言うまでもなかった。

哀れ警察は面目を潰され、探偵は恥をかかされたのだった。
あまりにもそれが酷い内容であった為に、前代未聞の報道規制がしかれたのは後日談である。



クリスマスでごった返す人込みの中で、晒しモノにされた警察達。
いくら規制をしても大観衆に目撃されたのだから規制の効果は期待できないであろう。
町中この噂で持ちっきりになっている程なのだから。

哀れ中森警部と白馬探偵。
そして数人の刑事はしばらく使いモノにならなくなってしまったのだった。



怒りをぶつけても気分のよくならないキッドは、こんどはあてどもなく街を彷徨う。
遥か上空を自慢のグライダーで滑走しながら呟かれた言葉には、どれ程の想いが込められているのだろうか?
前方を見据えて吐息と共にそれは紡がれた。



「………今すぐ………逢いたいよ…………」































「たっだいま〜〜〜♪」

先程の陰りは何処へ行ったのか。
仕事を終えた快斗は学校の仲間と途中合流し、1日早いクリスマスパーティーに参加して大いに場を得意のマジックで盛り上げて帰ってきた。
高校の冬休みに突入することもあって、かなり浮かれたクラスメイトが酒を持ち込んでいて、パーティーの最後は酒盛りの場と化してしまった。酒も入って陽気になった生徒達は誰もそれを注意しない。
警察官の娘である青子までが進んで酒を飲んでいることから、だいぶ浮かれているのは間違いだろう。
クリスマスは人を変える。
それはあながち間違ってはいないようだ。

クラスで1番摂取した酒量が多いのにもかかわらず、快斗の顔色はほんのり赤い程度だった。
親譲りの酒豪なのか、結局最後の後始末をしたのは勿論快斗だ。

全ての生徒を自宅に帰して自身が帰宅したのは、午前2時。
あれ程願っていた『恋人とのクリスマスイブ』は皆の世話係りで終わってしまっていた。

さぞや落胆しているかと思えばそんな事はなく、快斗の機嫌は良いように見える。
問題のクリスマスを過ぎてしまえばどうって事ないのか?
喉元過ぎればなんとやらで、帰宅後の快斗顔には先程までの不機嫌さは全くなかった。

「あらあら、朝帰りか〜〜?この不良息子〜〜〜」

「あれ?起きてたの〜〜?」

スキップしながら(←おお〜い)帰ってきたどら息子に、こちらもまたお酒を飲んでいた様で、ほんのり赤い顔の母親が出迎えた。
テーブルにはざっと見10本以上の瓶が転がっていたりする。

「一緒にクリスマス祝おうって言ったの快斗でしょ〜〜〜」

「あ……………」

きちんとラップのかかった大皿に盛られた数々の料理は手の込んだものばかり。
ホールのケーキも手付かずで置いてある。
珍しく息子からの「クリスマスを一緒にすごそう」に喜んだ母親は今か、今かと待っていたらしい。
食事もせずに待っていた。

だけど余りに遅い息子に痺れを切らした母親は、一人で酒盛りを始めてしまったのだった。

「うっわ〜〜〜携帯に掛けてくれればよかったのに………」

「電話は使ってるからダメです〜〜〜」

「………………は?」

よく見ると子機を片手に持っている母親。

しかも通話ランプが付いてないか?

「母さん電話しながら酒盛りしてた訳?」

「うん!あんたが居ないから母さん寂しくて〜〜〜。ユキちゃんに愚痴を聞いてもらってたのよ〜ん。ふふふユキちゃんも泣いてるの〜〜〜」

「………………この酔っぱらいめ」

「酔ってないも〜ん」

ケタケタ笑う母親はどうやら酒量を超えてしまったらしい。
ハイテンションで息子に絡み、今だ通話中の『ユキちゃん』とやらとなにやら会話している。
電話口から啜り泣きみたいな声が聞こえる事から、きっと『ユキちゃん』も酔っているのだろう。
時折叫び声も聞こえるし、笑い声も聞こえた。

「ほらほら、クリスマス祝うんだろ?電話をさっさと切り上げて始めようって」

「や〜〜〜ん。ユキちゃ〜〜ん!息子が虐める〜〜〜〜」

「だれが虐めるかっ!!いつまでも電話してたら向こう様にも迷惑だろうって言ってんだよ!」

「なによ〜〜〜ゆきちゃんも寂しいのよ〜〜?お互い息子に放っとかれてしまった可哀想な乳母捨て山の母親みたく寂しいクリスマスを過してんだから〜〜〜」

「………乳母捨て山……………なんか違うぞそれ……」

がっちりと子機を抱き込んだ母親は嫌々と首を振って放そうともしない。
一瞬、このまま放っとこうかとも思ったが、先の新一との会話を思い出した快斗は、たまにはこんなわがままな母親にも付き合っても良いかと考える。

今まで女手一つで自分を育ててくれた母親は、めったな事では醜態を晒したりしなかった。
父親代わりも務めようとしていたのか、快斗が目にする母親はいつも優しく、時には厳しい凛とした女性だった。

それが当たり前だと思っていた快斗は、初めて母の弱さを見た時ちょっとショックを受けたのを今でも覚えている。

(そうだよな……たまには息抜きしたいはずだよな……)

ましてや自分はキッドというもう一つの部分でも心配掛けている。
父親と同じようになってしまうのではないか?そんなふうに思っているかも知れない。
以前、深夜に母親が自分の部屋にやってきて、何回か安堵のため息を吐くのを知っているだけに快斗はそう思った。










『ノエル』ってさ家族とすごすクリスマスの事だよ?




たまには親孝行してこいよ。




心配………してるからさ……………。










「……………………新一……………」

じんわりと暖かな何かが胸を締め付けた。

一緒に居たいのは恋人なのに。

でも、家族も大切で………。
































「新ちゃんのいけず〜〜〜〜〜〜!!!」




辺りをつんざく大音量の声が黒羽邸のリビングに木霊した。なんて台詞を言ったのか一瞬理解できなかった快斗は、呆然と長い事間抜け面をさらしていた。



新ちゃん…………って



反芻する事約1分。

ただ解ったのはその声が母親のモノでない事だけ。
ニコニコ顔の母親に快斗は訳が解らんと首を傾げた。

差し出された子機に表示されているのは、国際電話番号。


宛名を見ればそこにはデジタル表示の『ユキちゃん』と名打ってあった。
どうやら電話の相手の『ユキちゃん』が叫んだらしい。

「…………………ユキちゃん?」

「そう、外国にいるユキちゃん。盗一さん経由のお友達〜〜〜〜 」

「…………………オヤジ……の?」

「美人でナイスバデーなユキちゃん。そのユキちゃんにはこれまた美人の息子さんがいるのよ〜〜〜〜。しかも、その息子さんにはロクデナシの恋人が居るんだって〜〜大変よね〜〜」

「………………………新一の……」

美人の息子とロクデナシで通じるあたり母親と快斗も相当なものだろう。
がばっと子機を引ったくると快斗は電話番号を確認した。
何かの時に役立つと思って新一の電話帳をこっそり記憶していた快斗は、記憶の中からその番号を見つけだす。
それは海外に在住している、新一の両親の屋敷の番号の一つだった。
たしか、フランスのどこそこ。

今現在、新一が行っている所だ。


「だ〜〜〜め!ユキちゃんと話してるのは私なんだから〜〜〜〜」

「あっ!」

何処にそんな機敏な動きができるのか。
酔ってふらふらなくせに快斗からいつの間にか子機を奪い返した母親は、今度は奪われないようにしっかりと両手で握りしめてしまった。
キッドである快斗ならばそれぐらいの防御は容易く破れるのだが、守っている人は初代キッドの妻だ。そうやすやすと奪えないのは目に見えている。

だから泣き落とし作戦に快斗は出た。


「だって新一が居るんでしょ?話しさせてよ母さん!!」

「イ・ヤ・よ!つもる話があるんだから」

「少しの間でいいからさ〜〜〜。お願いだよ母さんっ!!」

「でも、ユキちゃんが替わらないわよ〜〜?だって、さっきから泣いてるもの」

「ええええっ!!!そんなぁ〜〜〜〜〜」

「残念無念また来週〜〜〜〜うふふふふ」

「母さんのバカ〜〜〜〜〜!!!!!」

「…………バカとは失礼ね。私がバカなら息子のあんたは大バカよ?あ、紙一重っだったわね……あんたは。頭は良いのにどうしてああもバカなのかしらねぇ………」

「ひどっ!!」

ガーンと大袈裟に驚く快斗。
電話を諦めきれないのか、台所の角でブツブツ何か文句を言っている。





少し虐めすぎたかな?
こっそり舌を出した母親は先程とは打って変わって優しい眼差しで、いじける息子の背中を眺めた。
こんなにも感情をあらわす息子が嬉しくて。つい、かまってしまったのだ。



人より頭が良すぎる所為で



人より物事が見通せる所為で



小さいころから快斗は誰よりも大人びていた。



感情をコントロールするなんて事を小学生の頃からやっていた。
快斗は実に子供らしくない子供だった。




それが最近は、よく感情を見せるようになった。

それが………嬉しくて…………。






「…………ねぇ、快斗」

「……………………」

いじけている快斗はちらりと振り向いただけで返事はしなかった。
その背中が「なんだよ……」そう告げている。
余りにも子供らしくて母親は口の端に堪えきれない笑みを浮かべた。

「ねぇ……クリスマスを一緒にすごそうなんて、あなたの考えじゃないでしょ?」

「……………………」

「恋人がいない去年そんなこと言わなかったものね」

「……………………」

「誰かの影響かしら?」

「…………………………」

ふいっとそっぽを向く快斗。
その幼さに母親は苦笑を隠せなかった。

(なんか今さら子供を育ててる実感が湧くなんて…………)



「あら〜だんまり?せっかく私からのプレゼントあげようと思ってたのにねぇ。快斗はいい子じゃないのかしら?」

「……………………なんだよそれ」

プレゼントが気になったのか、快斗はゆっくりと多少ふて腐れながら母親の側に寄ってきた。
少しばかり警戒しながら。

「ふふふふ。私のお願い聞いてくれたらプレゼントあげるわよ〜〜」

「げっ!それって、交換条件じゃん………」

「なによ〜私のお願いはすっごく簡単なのよ〜〜」

可愛くおねだりポーズをする母親に半ば呆れる。しかも、そのポーズが年の割に似合うから質が悪い。
元々母親に勝てない快斗。
プレゼントを貰う、貰わないにしてもその条件は飲むしかなかった。

「ちなみに何?」

「ん〜〜〜とね、今度の正月ウチに新一君連れて帰ってきてvv」

「……………………一緒に正月すごしたいと?」

「当たり〜〜〜!!さすが私の息子。解ってるぅ〜〜♪大晦日から連れて来なさいよ?一緒に紅白見るんだし、除夜の鐘付きにいきたいし…………」

もうすでに頭の中は正月一色なのだろう。母親は新一との素晴しい正月に向けて計画を立てているようだった。
「餅つき大会」とか言ってるあたり近所の催しにも参加させるつもりらしい。

「………解った。連れてくるよ。ちゃんと母さんにも挨拶したいって新一も言ってたから」

「あら〜別にいいのにね〜〜。新一君とはつい先週も会ったばかりだし〜〜気を使わなくていいって快斗から言っておいてね?」

「……………………いつの間に会いやがった」

なんて行動力の早さだ。
新一と付き合いだしてまだ半年も経っていないのに……。

さすがお袋。油断も隙もありゃしない。


「…………で?プレゼントって何?」

「ああ、それね…………」

ちょいちょいと手招きして母親は快斗の耳を引っ張った。
微かな痛みに顔を顰めた快斗だったが、次の瞬間には痛みすら忘れてしまった。



「母さん!そう言う事は早く言えよ!!!!」




怒鳴り声と共に勢いよく窓から出て行った快斗を母親は実に楽しそうに眺めるのであった。






















あのね新一君御両親の元に行ってないわよ。

なんでも空港で警察の呼び出し食らっちゃったんだって。

だからユキちゃん大泣きなのよ〜〜〜〜。

今頃一人で家にいるんじゃないかしら?

























「母さんのバカ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」







開け放たれた窓から遠くで叫んでいる息子の声を聞いて母親は更に爆笑するのであった。
年末に愛しい恋人を連れて来るのを想像しながら………。


















クリスマスを貴方と……2

2001.12.18




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