グリーン・グリーン


いつからだろう
彼についての考え方が変わったのは。
気が付かないほど違和感なく変化していったから自分自身不思議でしかたない。

いつからだろう
この場所を居心地良いと感じるようになったのは。
誰もが優しくて悲しい程に暖かいクラスメートに囲まれて・・・

彼の人は何を思うのだろうか

どんな思いでもう一つの顔を演じるのか。
どんな思いでその次の日学校へ来るのか。



そんな事を考えてしまうほどに思考を彼に占められている。

朝からそんな哲学的な事を考えていたら眉間にしわがよってしまった。
いけない、いけない。
この前黒羽君に「お前って意外とふけ顔?」(かなりショックだった)とか言われたばかりなのだからシワは作るわけにはいかない
鏡の前でシワをくっと伸ばしてみる。
うーん横にシワが出来たら意味ないですね。
くだらない事をしていると自覚はある。
でも何故か黒羽君の言葉には敏感に反応してしまう。
もしやふけ顔じゃないから黒羽君はコナン君に好意を持っているのかなんて訳の分からない事まで考えてしまうからどうしようもない。
そんな困った思考は自分でも意外と楽しく、後で思い返して笑ってしまえる程度に人生に面白みを持っているとおもう。
それにそのくらい吹き飛んでないと黒羽君にはついていけないし・・←いや違うと思う


イチニイチニ
いつものペースで門を通過。
いつもより2秒ばかし遅く下駄箱へたどりつく。今日は普段より人が少ないように感じる。
その理由は考えるまでもなく思い至った。
空を見上げれば曇天。
自転車組が徒歩で通学しているのだろう。
一人納得して頷く。
そんなこんなでいつもより48秒のロス。計50秒遅れていつも通り教室へとたどり着いた。
まずまず順調だ。

たまに不測の事態などが起こって1分どころか10分20分予定が狂う事がある。
大抵そう言う場合はある男が関わってきている可能性が高い。
あの男の存在は見えないところでも自分に被害を与えていたりするのだな・・と思うと
呆れるやら恐れ入るやら・・もしくは尊敬してしまう。

今日は無事たどり着いたと思った矢先、不測の事態が発生した。
当然あの男という存在が関わってきているのは考えるまでもなく解ったが。

「この腐れ外道ぉぉぉ地獄に堕ちろっっっ」
ソプラノの叫び声と同時にバシッとバレーボールをアタックしたような炸裂音が白馬の耳に届いた。
もちろん教室にバレーボールがある筈などなく、即座に平手打ちだと判断する。
(痛そうですね。)
女生徒が怒り狂っている理由よりも先に叩かれた相手の心配が思い浮かぶ。
思わず顔をしかめ頬を押さえてみたりした。

(痴話喧嘩?)

とても入れる雰囲気ではない。
トッテにかけていた手をどけ回れ右をしようとしたときガラっと勢いよく扉は開いた。
そして中から出てきた人物と見事に衝突。
かろうじて転ぶ事は免れた白馬は腕に抱き留めた(さすがっ)存在に目を落とす。
確か3年の先輩だ。
美人だと有名で白馬も最初見たとき紅子に引けを取らない美人だと感心したものだ。
その女性が目に涙をうかべているのだ。
これは白馬としては放っておけない(放っておけよ)

「美しい女性の涙というのもとても心惹かれる物ですが」
そっとポケットから清潔な白いハンカチを取りだし涙を拭う
「どうか蕾が開くかのごとく可憐な笑顔を見せて下さい。こんなに苦しそうな涙は見ていてとても辛いです」
言っている事がとてつもなく寒いが、白馬はお得意の天使の笑顔で顔をのぞき込み悩殺していたのでたぶん聞こえていないだろう。
「あ・・えっと・・ごめんなさいっっっ」
頬を赤く染めると慌てて白馬の腕から抜け出しその場に背を向けた。
ポニーテールが空を軽やかに舞った

確か―――――
「大河内緑さん・・でしたか」
ポツリと呟く。
間近でみた彼女は遠くで見たときよりよっぽど美しかった。
アップに耐えうる顔。
涙で潤んだ大きな瞳。
鼻筋はスッと通り少し日本人離れしている。


「なんだおメーもチェック入れてる口か」
「え?」
開いた扉の向こうから聞こえてきたのは知っている声。
当然自分のクラスなのだから知り合いが居るのだろうとは思っていたがまさか彼とは・・・
「黒羽君・・・」
少し赤い頬を見れば何があったのか一目瞭然といったところだろうか。
「まさか・・そんな・・・」
黒羽君が女性にもてる?嘘だ・・
未だかつて黒羽快斗が女性から騒がれた所は見たことがない白馬。
それは快斗本人が出来る限りそう心がけているのと、傍に青子という幼なじみが引っ付いている為誰もがアタックするだけ無駄と判断しているからだった。
しかし・・
「量より質・・・ですか?」
「は?」
「いえ・・ちょっと世の中の理不尽さを感じまして」
快斗にアタックする唯一の女性は紅子だった。
白馬ですら初めてみたと感じる程の美女だ。
そして今度はそれと同等ほどの大河内という美人。
もったいないくらいのその二人を快斗はあっさり振ってのけたということだ。
知られたら男性一同からリンチを食らうかも知れない。

「でもいくら断ったからって叩く事はないでしょうに?」
「いや、振られた事については全く気にしてないぞあの女ーたぶん俺が正直に言いすぎたのが悪かったんだろうな」
頬をさすりながら暢気に窓の外を眺める快斗。

「何か気分を害する事でも言ったんですか?」
「ん?そーだなー気分害するってーか・・バカにすんなって感じ?」
俺は正直に言ったのにと唇をとがらす快斗に白馬は額を押さえた。
「まさかコナン君の事を?」
「そー。好きな人いるって言ったらどんな人?って聞くじゃん?だもんで正直に可愛い小学一年生♪って答えたの」
「・・・・・」
「あっでも男ってのはさすがに言わなかったけどね」
言ってたらもっと酷い状況になっていたかもしれない。
「いやーでも手首のスナップ結構きいてたなーあれは叩きなれてるぞ」
頬を指さし暢気に笑う。
「そりゃあ彼女はバレーボール部のキャプテンですからね。ボールと同じように叩かれたんでしょ」
「うわー怖い怖い。もしかすると手加減してくれたのかも」
これでも・・

明日になったら腫れ上がるであろうこと確実の頬にもう一度そっと触れため息を一つこぼした。
「別に冗談で言ったわけじゃないのにな・・腐れ外道に犯罪者・・・か」
ポツリと呟いた一言。
シンとした教室に無造作になげられた。
「・・・」
慰めるべきなのかそれとも話題転換すべきなのかとっさに言葉がでず白馬は狼狽えた。
「えっとーーあーーそのぉぉそっそうだっ今日はなんでこんなに早く来てるんですか?いつも遅刻ギリギリなのに」
「・・・呼び出されたに決まってんだろ。ったくよーどーせ呼び出すなら放課後にしろってな」
朝からこの頬で授業を受けるのはちっと辛い物があるぜ。
ぶつくさ文句を垂れる。
「痛そうですね。」
「いてーよそりゃ。うちのバレー部って県大会連続優勝組だろ?ぜってーそーだって。」
どころか全国大会も今年は制覇するかもしれないって噂ですよ・・なんて言ってもいいか白馬は逡巡する。まったく慰めになるとは思えない。
「黒羽君とりあえず保健室に行きましょう。そうでなかったら何かで冷やさないと・・」
「うーーん・・俺帰るわ。センセーに適当にいっといてくんねー?」
サボる気ですかっなんて追究するのは酷だ。
もし自分ならこのいかにも叩かれましたの頬をさらして授業を受ける気にならないだろう。
「そうですね。その方がいいと思います。ただしその足で小学校へなんて向かったりしないで下さいね」
「・・・・・」
白馬のその言葉に快斗はなんとも言えない顔を見せた。
んなことするわけねーだろ?
と言いたいのか、それとも
なんで解ったんだ?
と言いたいのか判断しがたい表情だった。

「俺だってコナンちゃんにこんな顔見せたくねーよっ。っあーちくしょー紅子といいあのセンパイといいなんで気の強い女ばっかりぃぃ」
顔の造作は関係ないらしく快斗は兎に角おのれの不運を嘆いていた。

「他の男子に知られたら闇討ちされますよ」
「へ?」




三年のセンパイに呼び出された。
昨日の帰り、下駄箱に手紙が入ってた。
来なかったらクラスメートの前であること無いこと喋ってやる・・なんて告白というより脅迫に近いお言葉が書いてあった。
うっかり「黒羽君があぁぁ」
とかクラスメートの前で泣き崩れてでも見ろ。俺はその瞬間から犯罪者だ(いやすでに犯罪者だけどよ)
本当か嘘かなんて関係ない。女の涙に勝てない男達がこぞって俺を悪者にするに決まっている。
きっと白馬なんて親御さんにご挨拶に行ったほうが・・
なんて見当はずれな心配までして下さりそうで俺はホント涙が出ちゃいそうだ。
「あーらぶれたーだー」
お子様青子に指さされフフン俺様ってもてるからぁぁとか天狗になっていたその瞬間が懐かしい。
家に帰って開いてみれば脅迫まがいのらぶれたー。
ふふ・・・俺って女運ない?
いいさ男に走ってやるぅぅぅ。
ってかどうせコナンちゃん一筋なんだけどね。
でもほら人生ってのは長い訳だし女の子にもてるのも青春と言うことで男として嬉しいんだ。
しかし迫ってくるのは紅子という魔女に引き続き脅迫するセンパイ・・・。
大河内 緑・・何者だ。
思わずベッドに頭を埋め込み傍に置いてあったコナンちゃん人形を抱きしめた。
「しくしく。明日は頑張って早起きさんね。遅刻したら怖そうだし・・・」


約束の時間より10分ばかし早くついた。
だが彼女はそれより早くついていたらしく、すでに俺の教室の俺の席にどうどうと足を組んで座っていた。とても告白する雰囲気には見えない。
もしや喧嘩うりに来たのか?
などと勘ぐってしまうほどに偉そうだ。

窓の外にはちらほらと登校する人並みが見える。
その瞬間門を通過した白馬が目に入った。
時計をチェックする姿を見てまさか毎朝何時に門を通過とか決めてんのか?と笑ってしまう。
分刻みで動くのが好きなあいつらしい(正確には秒刻みだ)

「おはよう黒羽君」
「オハヨウゴザイマスせんぱい」
営業スマイル全開でご挨拶するとそのセンパイがようやく立ち上がった。
げっっ俺と身長かわんねー・・
ポニーテールにした栗色の髪。
大きな瞳。
でも口元は妖艶に微笑んでおり可愛いというよりも美人だ。
おや・・けっこうヒットぉぉ
だが残念昨日の手紙からして性格のほうが危険だ。
「用件は解っているわよね?」
ええ、ええ。そりゃまあ。でもちょっと自信なくなってきたけどね。
腕を組んで仁王立ちする相手に引きつった顔を見せた。
「たぶん・・えーっと俺告白されてるんですよね?」
「そうね。一応。」
いちおうっすか。思わず心のなか裏手拳を繰り出す。

「あら百面相ね面白いわ。ホント見ていて飽きないわよね黒羽君って」
「そうですか?」
「そうですよ。さて。それで?」
「それでとは?」
「嫌ねえ返事を聞いているに決まってるじゃない」
「はあ・・えっとお断りします」
「・・・・・・え?ちょっと聞こえなかったわ」
「だからお断り―――――」
「ぜんっっぜん聞こえなーーーーーいーーーーー」
「耳塞がないで下さいセンパイ」
「やーよーー。私振られた事ないんだもーん。そんなのゆるさなーーい」
「・・・」
なんなんだこの女。
「それとも何?私よりいい女いるの?」
「というか片思いしちゃってます」
「あら・・青春ね」
「そうなんです。しかも相手はなかなかつれなくて」
しくしくと相談なんてしてしまう。
「押せ押せアタックよっ黒羽君。黒羽君ほどの器量よしなら大丈夫っ私が保証するわ」
あんた何しに来たねん?なんて突っ込みたいがまあよし。
「そうですか?いやー嬉しいな頑張ってみます」
「ええ。応援してるわ・・・・ってあれ?なんかおかしいわよこの会話」
ようやく気付いたらしい。
「・・・・・・・・やだっ私告白したんじゃないのっ忘れてたわ」
所詮忘れる程度の愛だったってことさ。ふ・・
口元を押さえ大げさに笑いだす大河内女史。
「まーいーわ。告白無しねっ私が振られるってのもムカツクし。告白したこと自体抹消っっ」
そうやって『振られたことない歴』を更新していくのね。。
女って強い。

「ねっねっそれで?どんな子?このクラス?それなら相手はあの子でしょ?小泉紅子っっあの子なら許すわっ」
「違いますよー可愛い小学一年生です♪」
「・・・・・・・・・・」
俺の顔を見つめセンパイは固まった。
「それがもう可愛くて可愛くて。でもなかなか落ちてくれないんですよね」
「・・・・・・」
「いっそのこと力づくでってのも良いですけどどうでしょうセンパイ?」
ニッコリ問いかけた。
固まった笑顔を貼り付けていたセンパイはようやく我に返ったのか思い切り右手を振り上げた
「へ?」

「この腐れ外道ぉぉぉ地獄に堕ちろっっっ」
避けるなんて考える前に勢いよく振り下ろされた。
たぶん高をくくってた。所詮女の力と。
痛かった。
想像を遙かに上回って。
「まさか6歳児に手を出してるなんて思いも寄らなかったわ。この変態っっ犯罪者っっロリコンっっっ」
見事な捨てぜりふを残しその女は去っていった。

「青春って言ったじゃん・・それに俺ロリコンじゃないもーんショタになるんだもーん」
なんて威張れないことを呟いてみる。
廊下に飛び出したセンパイは誰かに衝突したらしく悲鳴をあげた。
すぐに背筋が凍るような声が聞こえてきて俺は鳥肌をさすりながらそちらに近づいた。
教えられる前に彼女の名を知っていたその男に苦笑しつつ声をかけた

「なんだおメーもチェック入れてる口か」



HRすら受けずさっそうと帰宅した快斗はこうなったらふて寝してやるとばかりにもう一度布団にもぐりこみコナンちゃん人形を抱きしめ眠りについた。
次に起きたのは部屋の外に馴染み無い気配を感じた時。
「快斗ー白馬君がお見舞いに来て下さったわよ」
見舞いといっても別に病気ではないのに律儀な奴だ。
「やっぱり治療してなかったんですね。腫れてますよ」
眉をしかめる白馬に別に俺の顔だから関係ないだろといつものように反撃、
それでも朝よりうずく頬にちょっとまずったかなと思う。
「はい。これでも貼っておいてください。買ってきてよかった」

見舞いに『冷えピタ』を貰ったのは初めてだった。
何というかさすが白馬・・って感じ?
それとも用意周到な白馬君に拍手拍手〜・・どっちでも良いけどこいつどんな顔してこれ買ったんだろう。
しかも小児用・・・何故?

「クラスの人には言ってませんから安心して下さいね」
微笑みと共に言われた言葉に快斗は心から感謝した。
なんだ結構いいところあるじゃん?