グリーン・グリーン2(前編)
「今日の理科は理科室で実験だってさ」
学級委員の言葉に全員で大喜びして理科の教科書を用意し始める小学一年生達。
元太も光彦も歩美も退屈な授業を受けるより実験の方が楽しいのかウキウキと教科書を片手にコナンを急かし始めた。
「早くーー早くーーコナン君っっ早く行かないと間に合わないよーー」
「そうだぜ遅刻したら先生怖いからなー」
「と言うか理科室まで距離あるんですから朝から教えて欲しいですよねこういうことは」
光彦は辛辣な言葉を最後に残したがそれでも楽しげだった。
「そうよ江戸川君トロトロしていると置いていくわよ」
何故かその中一番張り切っていたのはこの人だった。
科学の権化。
何というか今更小学校の理科で何を習う?と言ったお人。
だが白衣とビーカーが異様に似合うその人はクラスの誰にも負けない程やる気満々に見えた。
「は・・灰原?」
「なにかしら?」
「なんでそんなにやる気なんだ?」
「あら?実験て言葉を聞くだけでこうむらむらと何かがわき上がって来ないかしら?」
来ないこない。
「・・・灰原さん変・・」
「灰原さん僕は何となく同感ですっ」
フォローのつもりなのか光彦が右手を挙げ緊張気味に述べる。
だがその前の歩美の言葉の方が真実味を帯びていて光彦の笑顔は引きつっていた。
「っつーか授業つぶれるから楽しいんだってーのっっっほらっコナン早く用意しろよーーー」
「はいはい」
灰原の言葉にも怯んだ様子を見せず元太はコナンの机をバンバン叩き早くっ早くっっと急かし続けた。それにちょっぴりフリーズしていたコナンは我に返り肩を軽くすくめた。
「皆ちゃんと器具はそろったかなー?」
はーーーい
席順の班に分かれ一班ずつテーブルの上に器具が用意してあった。
乗っているのは初歩的な物ばかり。
ピーカーや試験管、ガラス棒。それにリトマス紙。
何をするのか一目瞭然だった。
「今日はリトマス紙を使った実験をしまーす。リトマス紙って何に使うか覚えてるかなー?」
ぴらぴらと赤と青の紙を振ってみせると担任は子供達に問いかけた。
それにハイハイっっと元気に手を挙げる子供が多数。
「なあ・・コナン。」
「・・元太。リトマス紙について聞きたいなら教科書の16ページを見ろ」
「なんでわかったんだ?」
ほとんどの子が知っている中知らないと言うのがちょっぴり恥ずかしくなったのだろう隣りの席からヒソヒソと尋ねられ、コナンはプッと吹き出した。
見りゃわかるって。
目を丸くした元太は慌ててカンニングとばかりに教科書を見て、ああこれかーと納得する。
「皆解ってるみたいね。じゃあ〜小嶋君」
「へ?あっえーっとーー酸性と中性とアルカリ性を調べる紙・・かな?」
「はいっ正解。」
ニッコリ微笑まれ元太は胸をなで下ろす。
とは言う物の机に開いた教科書の文をそのまま抜粋しただけなのだから間違えるはずもない。
それに担任も気付いているのだろうが知らないフリで褒め称えた。
「よく覚えてたわね小嶋君。そうこれは酸性と中性とアルカリ性を調べる為に使うものです。じゃあー酸性だと何色から何色に変わるか解るかな?今度はー高宮君」
「はい。青から赤です」
「正解っ良くできました。そう。でも最初から解らないから赤い紙も青い紙もどちらもつけて調べるのよ。今日はその実験をします。テーブルの上には塩酸とアンモニア水と石灰水と普通のお水の4種類があります――――――――――」
説明する担任の言葉を聞くまでもなくすでに何をするか理解して更には結果までやるまでもなく解っていたコナンはだれ気分で真剣に聞いている子供達をコッソリ眺めていた。
元太ですら真面目に聞いているのだから理科の実験の凄いところだ。
そして灰原。
何故か笑顔。これがまた非常に怖い。
リトマス紙の実験がそんなに楽しいのか?まさかそんな事があるわけない。
だが彼女の喜びのオーラは少し離れた席であるにも関わらずひしひしと伝わってくる。
「じゃあ実験を始めてくださーーーい」
パンパンっと手を叩き一斉に子供達が立ち上がる。もちろんコナンも例外なく立ち上がりリトマス紙の実験をノートに書き留める係を押しつけられた。
「まずは塩酸からね」
同じ班の女の子に尋ねられコナンがうんと頷くとホッとしたようにリトマス紙を手にした。
何故かクラスの子に頼られる(何故ってあんた)コナンは大体こういう実験や何かするとき必ずどうかな?と尋ねられる。彼に聞けば失敗はないと知っているのかもしれない。
「コナンコナンっなんか赤いのが青くなったぞって事は―――――酸性だな?」
・・・塩酸が酸性なのは確かだが。リトマス紙が青くなるのはアルカリ性だ。
「・・元太それはおかしいぞ。本当に塩酸にいれたのか?」
「へ?これ塩酸だよな?」
元太に尋ねられた
「わかんない・・小嶋君が持ってきたし・・」
「・・・・・わりい俺も分かんねーぞ」
「元太ぁー・・・」
疲れたため息をつくコナンをよそに元太は悪びれることなく謝った。
一つ一つのビーカーに貼り付けてあった○○水と書かれた紙はどこかに落としてしまったらしく、それが塩酸なのかそうでないのか解らないまま元太は持ってきたらしい。
「まあいいやとりあえず他のやってて。今先生に聞いてくるから」
「ごめんね江戸川君」
「んや。別に謝ることないよ元太が悪いんだし」
「だーかーらー悪いって言ってるじゃねーかーー」
「今度は気を付けろよ?」
「解ってるよ・・」
ふてくされたように頬を膨らませる元太にクスクス笑いだすとコナンは偽塩酸を片手に席を離れた。
・・・あれ?
前にいる担任の所へ行こうとしたコナンは丁度通りかかった灰原の班で足を止めた。
順調に灰原を中心に実験が行われているか・・と言えばそうでなかった。
確かに灰原が率先してリトマス紙に手を伸ばしていた。
だがまるで手品のようにリトマス紙がポケットに放りこまれていく。
(・・・・・・なんだあれ?)
実験でつかうのはどうせ青も赤も4枚程度でリトマス紙は大量にあるから何枚使っても大丈夫だ。
そこに目を付けたのか持ち帰る気らしい。
灰原はすでに服の中に滑り込ませた青色リトマス紙に加え赤も大量にがめた。
その場で注意できる筈もなく(後が怖い)コナンはとりあえずリトマス紙くらい良いかと見逃すと先生へとビーカーを渡した。
大河内緑は考えた。
黒羽君からいたいけな少女を守ろうの会結成を。
と言うか会と言っても会員一人(自分のみ)の単独だが、とにかく彼女は燃えていたのだ。
自分が振られた事はどうでもいい(かなり気にしているだろうが)それよりも小学一年生に負けたのが悔しいのだ。
どれほど愛らしい子供なのだろうか。
(黒羽君ったらまさかロリコンだったなんて思いもよらなかったわ。)
よって緑はとにかく快斗が狙う少女の正体を突き止めるべく行動を開始した。
とは言う物の、単に快斗をストーキングしただけだが
「なあ灰原。リトマス紙どうする気だ?」
「え?何の事かしら?」
とぼける気なのか本当に解らないのか灰原は不思議そうに首を傾げた。
「いやさっき大量にポケットに突っ込んだだろ?」
「ああ。そのことね。あれは実験で使うのよ。リトマス紙ってあまり使い道ないじゃない?あえて買うのももったいないし学校の備品ならタダだものね。」
「・・・そう言う問題か?」
「そう言う問題よ」
学校の帰り道二人になった隙に聞いてみたコナンは素敵な灰原哀のお言葉に脱力感を感じた。
さすが灰原なんてどーでもいい感心までしてしまう始末。
まあたかがリトマス紙。
数枚ガメタ所でどーでもいいけどな。
でも・・でも・・
「他にもなんか盗んだのか?」
「人聞きの悪いこと言わないでくれる?」
「じゃあ盗んでないんだな。よかったー」
「あら?盗んでないとは言ってないわよ?まあ証拠が無い限り私は無罪ってことね」
「・・・・・・」
「それで?正義感のつよーーい名探偵さんは私になにか言いたいのかしら?」
ふふ。
と微笑む哀の顔はとても不敵で、きっと証拠なんてキレイさっぱり隠滅しているだろうことが伺える。
別に学校に義理はないし、そんなに危ない薬品が置いてあったわけでもない。
まあこの程度見逃しておいた方が身のためか?とか思ったコナンは
「見つかるなよ」
と無難(?)な言葉を述べておいた。
それに小さく目を見張るとすぐにクスリと笑みを作る哀。
「そんなヘマしないわよ」
(そーでしょうとも)
ふ・・と遠くを見つめてしまう。
哀が犯罪者じゃなくてよかったなーとか感じる瞬間であった。
「そういえば今日は彼はこないの?」
「んあ?」
「最近ひっきりなしに会いに来るあの泥棒さんの事よ」
「・・・・さあな?変態の考える事なんか俺にはわかんねーよ」
「そう。彼に一つお願いしたい事があったのよね」
「なんだ?今度会ったら言って置こうか?」
「そうねーじゃあ貴方にお願いしようかしら。彼の髪の毛を一本手に入れて貰える?」
「・・・・・ごめん。それはちょっと」
「貴方ならたやすいでしょう?」
たやすいけれど人間としてやっては行けない行為な気がします。
「何に使うんだ?」
「彼の染色体を調べてみようかと思うのよね。あの常人離れした運動神経どこから来るのか気にならない?」
「遺伝だろ?それと努力のたまもの」
「努力すればあんな事できるの?違うでしょ。99%の遺伝と1%の努力よあれは。だから調べるんじゃない。」
「・・・」
コナンが引きつった笑みでもう一度辞退の言葉を述べようとしたその時その変態はやってきた。
あーあ・・自分から罠にかかりにやってきたよあのバカ。
「やっほーーーーーーーぅ」
満面の笑み。
3日ばかし音沙汰ないと思ったらつい最近突然に毎日通うようになってきた困った男、黒羽快斗。
その人だった。
緑は見た。
快斗の不気味なまでにとろけきった笑顔を。
見るに耐えない浮かれたスキップを。
歓喜に溢れた叫び声を。
頬の張れが引くまで数日会うのを控えていたようだが、その分エネルギーが爆発しているように見受けられる。
「あれが・・黒羽君の最愛の子」
そっと壁から覗きみる。
二人いた。
一人は眼鏡の少年。
一人は茶色の髪の少女。
この子ね。と茶色の髪の少女に目をつけジロジロねめつけた。
白い肌に優雅な微笑み。
大人びたその表情に緑はハッと息を飲む。
さ・・さすが黒羽君が目を付けるだけあるわね。とても小学一年生とは思えない落ち着きをもったその少女は緑の予想以上に愛らしかった。
10年もすれば自分と張るくらいの美人になるかもしれない。
ふ・・ふん。私の方が美人よね。うん。
なんて負け惜しみを心の中で呟きつつ、緑は壁にへばりついた。
快斗の趣味にイチャモンつけてやろうと思っていたのにまさか自分のほうがショックを受ける事になるとは。
目の前がクラクラしてきて、ふう・・と意識が遠のこうかとしたその時、緑はもっと衝撃の事実を知ることになる。
「コナンちゃーーーん」
抱きついたのは・・・
快斗が抱きついたのは・・・
少年の方だった(笑)
(ロリコンじゃなくてショタコンだったのねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ)
緑はそのまま意識を吹っ飛ばすことに成功した。それが彼女にとって一番いい現実逃避だったのかもしれない。
「視線は感じてたけどさーなるほどねぇこの人だったのか」
「気付いてたんなら撒いてこいよ。」
「だってめんどくさかったしー。」
と言うのは建前で、最近毎日つけられていてそろそろ撒くのがうざくなってきたのだ。
いっそついてこいや。
そんで何が目的か見届けてやろうじゃないかと思ったのだ。
コナンにははた迷惑な話だ。
「これ。どうすんだ?」
「・・・ここに置いていっちゃだめ?」
「ダメ」
快斗の薄情な言葉にコナンは即座に首を振る。
「こんな顔立ちのいい人、気絶したまま置いていったら危ないだろ」
「う゛ーー」
確かにそうなので快斗も反論できない。
だがコナンはこの女性のパワフリャーさを知らないからこんな暢気でいられるのだ。
起きた早々きっと何か起こる・・絶対何か起こる。
そう思うと快斗は今から気が気じゃない。
「とりあえずうちに運びましょ」
哀の言葉に二人はコクリと頷いた。
(ここは―――どこかしら?)
緑は目が覚めた瞬間まるで記憶喪失のような気分に陥った。
見知らぬ場所にいたのだから当然のこと。
しかも傍にいたのはこれまた見知らぬ老人一人。
まるで異世界にでも紛れ込んだ気分だ。
(えーっと私の名前・・は解るわね。年齢も解る。それでなんでこんな状況になっているか・・・・わ・・解らないわっっっ)
部分的記憶喪失かしら?混乱した頭で考える。
そして・・・
(ま、いっか)
もう一度眠りについた
「だから毎日毎日毎日毎日まーーーーーーいにち、うっとおしいんだよお前はっっっ」
「えええっっっこんなに愛を示しているのに何でっ」
「うっせーー二度と近寄んなっ」
「んっもー照れちゃって。かーわゆーーい♪」
「・・・」
違うっなんて怒鳴るのも疲れてきたコナン。
「もういい・・勝手にしろ」
「やったーお許しでちゃった♪」
何を言っても堪えない相手ってのは一番辛い。コナンはふうと特大のため息をつくと扉を開いた。
中では未だ意識不明の女性が眠っている。
快斗の話では学校の先輩らしく、大河内緑さんというらしい。
性格に難ありという話だがそれは話してみないことには解らない。
「博士、後は俺達でなんとかするから用事あるんだろ?」
「まあまだ時間的に大丈夫だが・・・大丈夫かのぅ?」
心配そうに緑を見下ろす博士に快斗が手を振って平気平気と気軽に言う。
いっそ頭をうって性格が変わってくれたら世界の為とか思っているのかもしれない。
まだ心配気な博士を送り出すともう一度緑を見たコナンは寝ているはずの彼女の指がピクリと動いたのに気付いた。
「あ。目覚めた?おねえさん」
丁度目覚めた緑と目が合いコナンはニッコリ微笑んだ。
いらっしゃい天使様といったその笑顔に緑は興奮気味だ。
(か・・・・・・・・・・・・・・・かーーわーーいーーーいーーーーーーーーー!!!)
大河内緑も真っ青(いや興奮で真っ赤か)の可愛らしさだった。
「えーっと大丈夫?記憶・・ある?」
「あーちょっといまいちねぇ・・なんで私ここにいるのかしら?」
「なんでかあんたが突然に倒れたからだよ。俺の後つけてただろ?」
「・・・」
そういえばそんな事してたような気がするわね。
「なんで俺の事つけてたか聞いていい?」
「決まってるじゃないいたいけな少女を守るためよっっ」
グッと腕を振り上げそんな事を言われ快斗はなんとも言えない顔をした。
「一体どこで変態行為をしてきたの?快斗兄ちゃん」
にっこり。だが目は笑っていない。
「違うっっっ違うって勘違いだよっ誤解だってコナンちゃーーーん」
「そうね。彼の場合は年がら年中変態なのだからニュアンス的に間違ってるわよ江戸川君」
「哀ちゃ〜〜〜〜〜ん」
部屋に入ってきたそうそうの哀に、さらに追い打ちをかけられ快斗は涙を流す寸前だ。
(く・・黒羽君が笑えるわっっ)
もともとコロコロかわる表情に惹かれたのだがこれは惹かれるとかそんな恋艶めいたものとは路線がちがう。
お笑いだっギャグだマンガだ喜劇だっっっ
あまりの情けなさに緑はそんな失礼な事を真剣に思った。
「黒羽君。言ってもいいかしら」
「なんなりと先輩」
「情けなーーーーーーーーい」
「充分存じ上げております(涙)」
「そう言えば江戸川君約束してたんじゃなかったの?」
「あっやべ元太達待たしたまんまだ。灰原もさそわれてたじゃねーか行かないのか?」
「私は丁度実験材料が手に入ったからこのまま研究室にこもるわ」
「・・・・・」
いつのまに髪の毛を・・
コナンは哀れみの瞳を快斗に一瞬むけすぐに笑顔を取り繕った。
「それじゃあ快斗兄ちゃんこの人の事は任せたよ僕遊びに行ってくるから」
ニッコリ。
返答を聞かずコナンはさっさと部屋から出ていってしまった。それに便乗するように哀も「頑張りなさい」の慰め(?)の言葉を残して去っていった。
連れてきたのはコナンなのに快斗の知り合いだと解った瞬間から快斗に押しつける気だったのだろう、迷いのひとかけらも伺えなかったコナンに快斗は叫び声あげた。
「ええーーーー!!!」
「なによ不満なの?」
「いっっいえ滅相もございません先輩っっ」
「ヨロシ。じゃあまずは彼との出会いから話してもらおうかしら」
「っっっ!!!」
ピンチです快斗君(笑)
彼との出会い。
屋上で運命の出会いを果たしましたっっ実は空から見初めたのですっっとか言ってもいいの?いいのかしら?
いけないに決まっている。だってコナンちゃんに怒られちゃう←そういう問題と違うし
ああ。あの夜のコナンちゃんの愛らしさは口では語れない。
でも言いたい言いふらしたいっっ
とか葛藤しているうちに緑は業を煮やしたのか
「もうっ言いたくないなら言わなくてもいいわよ。時間を無駄にしちゃったじゃないっっほらっ行くわよ」
「え?どこへ?」
「あの子の後をつけるに決まってるでしょっ彼の人となりを知るにはそれが一番なのよ」
「す・・ストーカー」
「なんですって?聞こえなかったわ。もう一度言ってくれるかしら?」
「いえ〜お供させて頂きますゥゥゥ(涙)」
ひたすら情けない男だった。
「こなーーーんっ行ったぞーーー」
「オーーライッッっと飛ばしすぎだ光彦っ」
「すみませんコナン君っっ大丈夫ですか?」
「なんとかなーー」
「あーーん、コナン君もとばしすぎっっもおっ」
「ごめん歩美ちゃん」
そんな和やかな少年探偵団(灰原抜き)はいつもの公園でいつものごとくサッカーをしていた。
光彦を叱っていたコナンは今度は自分がボールをとばしすぎて反対に歩美に叱られ肩をすくめた。
小さな体がボールをおいかけ走る。
歩美は少し離れたブランコ近くでようやくボールにおいつき仕方ないなーとか呟きながらボールを拾い上げた。
そしてそこで発見した。
一心不乱に少年探偵団を見つめる美人なお姉さんを。
「?」
凝視と言って良いほど見つめるその先には自分の仲間がいる。しかもそのお姉さん、手に持った本格的な大きなカメラでひたすら子供達を撮り続けているのだ。
怪しい以外の何者でもなかった。
(もしかしてこのお姉さんコナン君を狙ってたりしたらどうしよう・・)
歩美は心配になりコナンの方へと走って戻った。
(コナン君は歩美の王子様なんだからっっっ)
「あーーらいいのかしらん?可愛い女の子に引っ付かれてるわよーー」
カメラをフリフリ言う緑に快斗はへらへらと言った。
「歩美ちゃんね。確かに可愛いよねぇ」
「・・・」
やっぱりロリコンなのね。緑の思いは見事に顔に現れており快斗は少し困ったような苦笑をみせた。
「違うってコナンちゃんオンリーよん。大丈夫小学生ごときに遅れをとったりしません。もっと危険なのは沢山いるんだからね」
最後のほうは呟くような小ささで聞き取りにくかったがどうやらライバルは多いらしいと解り緑は納得顔をみせた。
そりゃあそうよねーあんなに可愛かったら・・血迷うお兄さんがうようよと。
コナンの容姿は、小学一年生、しかも相手は男だと言うことを差し引いても、負けて仕方ないかもーと思わせるだけあった。でも男だ。それに負けたのは悔しいし、未だに納得しきれない。
「どこまでいったのかしら?」
「まだ最後まではしてない」
「・・・・」
じゃあそれ以外はしたの?と聞きたかったが怖くて聞けなかった緑。
そんな彼女にニッと笑みをみせると快斗は揚々と背を向け近所のコンビニへと向かった。
餌付け用のお菓子を買うためだ。
(・・・黒羽君ってやっぱり謎多き人よねー)
そんな彼の後ろ姿を見送ると、すでにラフなシャツとジーンズに着替えた快斗とは違い制服姿のままの緑はまたもや写真撮影を再開した。
一体何に使うのか?
それは当然部屋に飾り対抗心を燃やし自分を磨くのだ。これを見るたびに負けるものかとやる気が奮い立つ事まちがいなし。
チャキっと構える。
その先にはいつの間にか現れたスーツ姿の大人と親しげに話す子供達の姿があった。
(ナンパかしら?)
緑の思考もかなり快斗に毒されているらしかった。
「ああ。丁度良いところで会った」
公園の前に車を止め子供達に近寄るとその男はそう言った。
「あっ高木さんだっ」
歩美の嬉しそうな声に子供達がオッと目を輝かせた。自分たちに声をかけるとは何か事件か?
少年探偵団はいつでも手伝うぜっっとばかりに意気込む。
それはコナンも例外なく、そんな子供達のきらきらした瞳に注目の人物高木刑事は相変わらずの気弱そうな笑顔全開で人差し指を立てた。
「ここら辺で怪しい男を見なかったかな?」
かなり抽象的だと思う。
怪しいなんて言われてもねえ。
むしろ変な男ならついさっきまでそこにいたがと口をすべりそうになったが余計な誤解を招きそうなので慌てて口を閉ざしたコナン。
その横で「何かあったのか?」と元太が興味津々に高木に尋ねた。
高木は困った顔でちょっと言いよどんだ後子供のしつこい攻撃に負け口を開いた。
「ここらでちょっと事件が起こってね、犯人がこの公園に逃げ込んだ可能性があるんだ」
うわー怖ーーいと言いつつがぜん目を輝かせる探偵団に
(困ったなー)
と苦笑の高木。
当然こんな事を聞いて大人しくだまっていたりしないのがもちろん少年探偵団の面々であり、コナンである。
「それってどんな事件なの?」
率先して尋ねるぐらいには、コナンもやる気に満ちていた。
「う〜〜〜ん」
どうせ今日の夕刊か明日の朝刊あたりには載るのだから今言ってもなんら支障の無いことだ。
だがあまり小さな子供の耳にこういう話は入れたくないと考えてしまうのが高木という人間であった。
「ただの強盗だよ」
その結果仕方ないと思いつつそう口にした。
「なーんだつまんないの」
チェッと元太が唇をとがらしながら足下のサッカーボールを八つ当たり気味に蹴る。
他のメンバーもいかにも不服そうで高木は心から苦笑をうかべた。
(本当は強盗殺人だけどね・・・)
嘘は言っていない。ちょっと言葉が足りなかっただけで。
だが殺人と聞くと何故か張り切る困った子達にそんな事いえるはずがないのだ。
「それで不審な人物なんだけど―――――」
「「「「知らなーーーい」」」」
興味の全く失せたらしい子供達はとっても協力的だった。
高木を見送るともう一度元太は呟いた。
「あーつまんねー。」
「でも強盗も立派な犯罪よ」
「だけど僕たちには生ぬるすぎてとてもやる気が起きませんよ」
(お前ら何様だよ)
コナンの乾いた笑みは幸いだれにも見とがめられなかった。だが実際、コナンも殺人にしか興味が無いため実は子供達に同感だった。強盗と言うことは盗人ということだ。
どこかの怪盗とようは同じ職業(ホントか?)。そう思うと関わる気にはよけいなれなかった。
(あれ?でも一課って殺人が主じゃなかったか?)
そこまで考えた時とつぜん背後から悲鳴が聞こえた。
ついでに前方から「やべっ」と元太の声も。
顎に手をあて真面目な顔をしたコナンの顔を狙い、指にグッと力がこもったその時カメラのレンズにボールが近づいてきた
っきゃぁぁぁぁぁぁぁぁ
緑は慌ててカメラを放り出ししゃがみ込んだ
その拍子にカメラは地面に落ち盛大な音と共にシャッターをきる。
地面は土だというのにその音は激しかった。
だが、壊れたかもーー高かったのにぃぃなんて思う余裕のない緑はとにかく頭を抱えこんだ。顔が命だし・・
ボールが木々のほうに飛び込み間一髪避けたのにようやく気付いた緑はスカートが砂で汚れるのにも構わず、へたりと地面に座り込んだ。そんな緑に少年探偵団達は慌ててかけよった。
「大丈夫?お姉さん」
赤いカチューシャをつけた歩美がしゃがみこんで心配そうに緑の顔をのぞき込んだ。
その顔は愛らしく、緑は安心させるように笑みを浮かべた。
「え・・ええ。ごめんなさいね大きな声だして」
「違いますよ謝るのは僕たちのほうです。すみませんもう少しで直撃してしまうところでした」
そばかすの少年光彦が丁寧な口調で頭をさげる。
そしてコナンが落ちたカメラを拾って傷がないか調べてから緑に手渡した。
考え込んでいる間に大暴走したボールが緑めがけて飛んでいったのだと即座に気付いたコナンは素晴らしい緑の反射神経に心から賞賛を送っていた。そして見ていなかったというのにあの瞬間の元太の言葉でボールを蹴ったのが誰かもちゃんとわかっていた。
「本当にごめんなさい。怪我がなくてよかった。俺ボール探してくるから元太っちゃんとあやまっとけよっっ」
「解ってるよ」
ブスッとお腹のでた少年がコナンの言葉に唇をとがらせた。
小さな子供の大人びた口調にもほほえましさを感じたが、素直になれない元太にも緑は笑みが浮かんでしまう。
(ふっこう見えても私は子供が大好きなのよおおおおおおおお)
緑を見て大抵の人が子供は嫌いだろうと感じるらしい。
近くで子供が泣いていたら五月蠅いと思うタイプだと皆様思うらしい。
違うのよっっ全然ちがうのーーーーー
くぅぅぅぅと右手を握り閉め心の中で力説すると緑は木々に消えていったコナンを見送った。
「あの・・な姉ちゃん。俺の蹴ったボールがそのー姉ちゃんに当たるとこだったから・・・・ご・・ごめんな」
可愛いなーー子供ってぇぇぇ
元太のぶっきらぼうな謝り方にも緑は胸が熱くなりウキョウキョ内心叫んでしまう。
だが鉄壁の外面を誇る緑はそんな内面を押し隠すのはお手の物。
優しいお姉さんの顔で微笑みをみせた。
「いいのよ。怪我もないし。それよりあの子一人で大丈夫なのかな?」
「大丈夫です。コナン君なら。」
「それに歩美達付いていくと危ないからって怒るの」
「勝手だよなーコナンの奴」
「・・・」
そんな物なのかしら。最近の小学生って理知的な子は理知的なのねぇ
暢気にそんな事を考えていた緑は背後から迫ってきた手に反応がおくれた。
バッとそいつは緑の鞄をつかみ走り出す。
なんなのよぉ〜〜
「まっ待ちなさい泥棒ーーーーーーーー」
あの中にはサイフも定期もカードも時計もその他諸々大切なものが入っているのだ。
なんてこったーーー
彼女は迷いなく行動した。
「まったくあんな遠くまでボールが飛んでるとはなー」
ぶつくさ呟きながら木から出てきたコナンが見た物は
人影のない公園の姿。
緑がひったくりを追いかけ、その緑を子供達が追いかけたらしい。
もちろんそんな事を全く知らぬコナンは頭を抱えた。
「何故だっっ誰もいないっっ」
そんな時、実にタイミング良く(悪く?)帰ってきた男が約一名。
もちろんその男がコナンに訳が解らないまま質問責めにされるのは言うまでもないかもしれない。
「うぉーーいコナンちゃ〜〜んお菓子買ってきたよん」
そんなこととはつゆ知らず大量の駄菓子を抱えホクホク顔でやってくる。
哀れである。実に哀れである。
「それでねっお姉さんがバーンッてやってひったくりの人がポーーンって飛んでってねっ凄かったの!!!」
擬態語だらけの歩美の言葉にコナンは困ったように緑をみやった。
結局探偵団バッチで連絡をとったコナンは光彦からひったくりの話を聞きようやくこの事態を理解することに成功した。
そして大人しく公園で待っていたら4人がわらわらと帰ってきたのだった。
緑の手にはきちんと元有るべきすがたの鞄が収まっている。
どうやら取り返したらしい。よかったよかったと人ごとながら頷いていると興奮した歩美がさっきの擬態だらけの言葉をしゃべったのだ。
その場を見ていないコナンには訳の解らない話だ。
快斗は何となく想像が付いたのか笑顔が引きつっていた。
「どうしても追いつけなかったからそこら辺であそんでた子供のサッカーボール奪ってアタックしただけよ」
緑は言う。
アタックしただけですと?
それで人間がポーンと飛んでいくものでしょうか?
コナンの疑問を背後でひしひしと感じとっていた快斗がゴホンゴホン・・と咳払いしつつボソリと補足説明をした。
「彼女はバレー部の部長でっす。そんでもってうちのバレー部今年全国出場らしい・・」
「なるほど」
そんでバーンでポーーンなわけか。
犯人も驚いたことだろう。たかがボール。しかしされどボールなのだ。叩く者の威力が壮絶ならば軽く吹き飛ぶ。
「警察に突き出したの?」
「ううん。鞄も戻ってきたし許してあげたわ」
「そっか」
だがその寛大な心が命取りになることがあるのは悲しいかな事実である。
逆恨みする可能性は実は高い。
きちんと警察を介入させておけばそれなりに向こうの抑制も利くかもしれないが、野放しのままだと危険かもしれない。
だがそれを今言うのも酷かなと思いコナンはとりあえず今は無事に鞄が戻って来たことを喜んでおくことにした。
(年寄りの冷や水かもしんねーしな・・)
と六歳児は考えてたりした。
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