〜約束「9」〜


銀三



銀三は悩みすぎで熱をだした。
朝、怪しい少女の薬を嗅いでぶっ倒れた後、どうやらあの少女が家まで送り届けてくれたらしい。



「んもーー。なんで道ばたで寝てるのよお父さんっ。心配したじゃない。」
なかなか帰ってこない父に娘は学校へ行くのも忘れてじっと待っていたらしい。
遅くても5時には家に居るはずなのだからそりゃ心配にもなるだろう。
快斗がいなくなり今度は父まで?
そう思っていてもたってもいられなくなったのかもしれない。

そしてどうしようやっぱり警察に電話を・・とか混乱した頭で考えていた時、玄関のチャイムが鳴った。
「お父さん?」
返答が来る前にドアを開ける無防備さは青子だからだろう。
「ごめんなさい。ちょっと手伝ってもらえるかしら?」
「あっえ?紅子ちゃん?お父さんっっ何で?え?えーーー?」
朝からまさか紅子が自分の家に来るとは思わず青子は叫ぶ。
しかも肩に自分の父を抱えているのだ。

紅子にせかされるまま父の右側を支えると二人でよいしょっとひきづる。
重い・・・・。
よく紅子一人でここまで運んだものだと青子が感心するほどに。

そして目覚めない父が熱を出しているのに気付き、そのまま青子は学校を休む事を決めたのだった。
「紅子ちゃん学校は?」
「通学途中でねていらっしゃったからそこまで車で運んできたのですわ。」
「・・・寝てた?」
「ええ。気持ちよさそうに。」
ホホホと笑うと紅子は今から学校へは行きますからなんでしたら中森さんのお休みの届けはわたくしがしておきますけど?と親切な申し出をしてくれた。
「ありがとう紅子ちゃん。お願いできるかな?お父さんなんか熱だしてるみたいだし。風邪かなあ?」

それがあの肌寒いなか地面へ転がされたまま放って置かれたせいだというのは言うまでもない。
その原因がそしらぬ顔で親切そうに家まで送り届けてきたのはなんと言うか嫌みな話である。





起きた瞬間青子に怒られ、風邪でグラグラする頭に響いた。
「だれが俺を?」
「紅子ちゃん。」
その名は聞き覚えがあった。あれが夢ではない証拠のような気がする。
「だれだそれ?」
「青子のお友達。クラスメートだよ?」
なるほどだから知っていたのか・・・。

そして何故かあの少女は快斗の正体を知っており、協力をしている。
だが今回だけと言う気がするのは快斗の声が余り嬉しそうじゃなかったせいかもしれない。
助けてもらったのは確かだが、他人を巻き込みたくない。

それは自分の知ってる快斗だった。
全てが全て偽りではない・・・そんな気がしてホッとする。

快斗が怪盗KIDだった。
それは未だに信じられない事実だった。
一時期疑った事がある。
だが間違いだと解った。
だからこそ今回もなにかの間違いなのでは?
そう考えたかった。

だがかばんに入っているぐしゃぐしゃのシルクハットは否が応でも銀三に快斗=KIDをつきつけてくる。

「どうすればいいんだ。私は。」

それがよけいに熱を上げていた。
ゆっくり考えてもいいだろうか。今度は一月も余裕はないかもしれないが。




紅子

「黒羽君が帰ってきたわ。」
朝開口一番に彼女はそう言った。
何故か遅刻してきた彼女・・・紅子は休み時間になった瞬間白馬をつれて屋上へと向かった。
時間は少ない。手短に言わねばならない。

「え?」
あまりにサラリと言われたせいか目の前の人物は間抜けな顔で聞き返した。
「黒羽君が帰ってきたわ。」
もう一度今度はゆっくりと言う。
「黒・・羽くんが・・・帰ってきたん・・・ですねっっ。いつですか?本当ですか?」
復唱しているうちに脳までようやく到達したのか突然目を輝かせた。
息ごんでつめよる目の前の男に紅子は朝の出来事を簡単に伝えたのだった。





「バカです。黒羽君は。一人でなんでもやろうとして。」
「ええ。わたくしが行かなかったらどうなっていたか。それでも一人で切り抜けていたのかもしれないけど。」
それはとても寂しい。ここにこうして心配している人がいるというのに。彼は手伝いすらさせてくれないのだ。
「そうですね。彼はそういう人です。それで?彼だけだったんですかそこにいたのは?」
「ええ・・・・。そう・・・。」
「もう一人いなかったんですね。じゃあ・・・彼はコナン君は・・・」
どこに行ってしまったのでしょうか?
いろいろ嫌な予感がするのだろう白馬は顔をしかめた。

「まだ彼と光の魔人が一緒に居たという確認はしていないから解らないけれど。多分二人は行動を共にしていたはず・・・ということは―――――」

何故紅子がコナンの事を『光の魔人』と呼ぶかは白馬は知らない。
だがそんな事今はどうでもいいことだ。

「問題は彼が生きているかどうか・・ですね。」
「そうね。朝の黒羽君の様子では解らなかったから。でもひどい笑顔だったわ。」
私にも解るくらいひどかったのだから。
紅子が空を見上げてため息をつく。

「とにかく今行ってもまだ笑顔が取り繕えないでしょうからせめて放課後まで猶予をあげましょう。」
「解りました。」
今すぐにでも快斗に会いに行きたい白馬ははやる心を紅子の冷静な一言で押さえつけた。
自分の情けない姿を探偵である自分に見せるなんて黒羽君には許し難いことでしょうから。
そう心の中で自分を戒める。

大丈夫。家にいるならいつでもあえる。
逃げたりはしないから。
放課後まで。放課後までの辛抱だから。

「小泉さんも行きますか?」
「わたくしは・・・止めておきます。彼の本当の笑顔が見れる時まで。
今回は協力を惜しまない。彼がどんなにあらがっても絶対関わってみせるから。」
みてらっしゃい黒羽君っっ。
「同感ですよ。小泉さん。僕もさすがにこれ以上後悔するのは嫌ですから。コナン君探し今から始めておきましょうか?生きていることを前提にして。」
「そうね。私はある程度場所を突き止めておくわ。この赤魔術で・・・」
ふふ・・と微笑む紅子は恐ろしいほど綺麗だった。
白馬は一瞬見とれるとすぐに自分を取り戻し笑顔を浮かべる。
「わかり次第僕に教えてください。僕に出来る限りの事はするつもりですから。」

例え父の権力を使うことになっても。
それが父に迷惑を掛けることになっても。
心は決まっているから。

「あなたの決意は解ったわ。黒羽君によろしく。」
「はい。」

「先に教室に帰っていてもらえるかしら?」

「え?はい。」

予鈴が鳴っている。もうすぐ3時間目が始まるだろう。
でも紅子には関係なかった。
今日の授業には全く出る気がなかったのだから。
ただ白馬に伝えにきただけ。
彼は自分と同じ心配する者だから。



「生きている・・生きていてくれなければ困るわ」
彼のために・・・

フェンスに指をからませながら小さくつぶやく。
彼の死は同時に快斗の死も意味している。
そんな事になったらあの輝くような瞳はもうこの先見れなくなってしまうだろう。
惹きつけて止まないあの存在感は永遠に色あせてしまう。
彼は輝かせてくれるものを無くせば光れない月なのだから。

生ける屍。
そうなるに違いないのだから。



「黒・・バカイト。心配してくれる人がいるのは幸せな事よ。それを邪険に扱うその傲慢な態度は許せませんわ。」
そこまで言って涙がこぼれそうになる。
「駄目ね泣いたら魔力が無くなってしまうわ。黒羽君の力になれなくなってしまう。」
あんな失礼な人なのに何故こんなに好きなのかしら。
解っている。自分達を邪魔そうに扱うのはただ危険に近寄らせたくないだけだと言うことくらい。


だけど。


好きな人がただ傷つくのを見ているだけというこのつらさは自分が傷つく以上に辛いことだと貴方は解っているのかしら?

「バカね本当に。」

涙がこぼれないように上をみる。
空は快晴。
雲一つない青空。

さあ、帰って一働きね。彼のために。





白馬

結局紅子は戻って来なかった。
白馬は首をかしげもしかして今からさっき言っていた探索を行うつもりなのかな?と一人で納得していた。
「そーいえば今日は中森さんも休みでしたね。なにか静かで寂しいものですね。彼女がいないと。」
快斗がいなくなってからしばらく学校を休んでいた青子は4日目にやっと登校してきた。
その時はもうすでにいつもの笑顔で皆に風邪ひいたと笑って言っていた。

彼女も強い。
白馬はそんな青子を尊敬の眼差しで見つめていた。
「女性というものは何故こんなに素晴らしいのでしょうね。」
本当に尊敬に値する生き物です。
そっとつぶやく。
だれにも理解してもらえないが、白馬にとって女性というものは弱いものではなく一人でも立っていられる強い人だと認識しているのだ。

男なんかよりよっぽど強い心を持っている。
だからこそいつでも守るという認識より手助けすると言った感じが強いのだ。
女性は力が弱い。だからそんな所をちょっと手を貸す。
それが男性の役目だと。



ですが―――――黒羽君はコナン君を選んだ。
女性ではなく、男でしかも年の離れた幼い子供を。
それが悪いとは言いませんが僕には残念ながら理解できない事ですね。
でも・・・・・あの二人が一緒にいるとなにかホッとするんですよね・・。

それが自分でも不思議だった。


快斗が自分から言った訳ではない。
ただ見かけた二人の雰囲気を見て白馬は理解したのだ。
この二人は一生を共にするために出逢ったのだと。

「運命なんて信じてませんでしたが・・あるものですね。そう言うものも世の中には。」


「さてと・・・。黒羽君のお宅へおじゃまして。叱ってきましょうか。小泉さんの分も。」
クスリと笑いかばんを持ち立ち上がる。
ついでだからと青子へのプリント類も先生から受け取り白馬は颯爽と学校を後にした。
それは一月ぶりの爽快感だった。



青子

「え?快斗帰ってるの?」
「みたいですよ。」
僕も噂できいたんですけどね。まさか紅子が朝っぱらから出逢ったというのは変だろうと思い白馬は適当に濁す。
なにせ紅子と青子は朝会っているのだ。
その時に快斗と会ったと言っていなければおかしい事になってしまう。


「はい。預かってきたプリントです。これは明日までに提出。これは来週中に担任まで出してください。それとこれは今日だされた数学の宿題です。次回までにやってくるように・・と。」


「ありがとう白馬君。」
一枚一枚確かめるように渡すと青子は玄関先で悪いからと中へ招き入れようとしてくれた。
「いえ良いです。これから黒羽君のお宅へちょとお邪魔しようと思っていますから。」
「そっか。青子もお父さんの風邪がもう少し落ち着いたら行くからもしかすると白馬君居るうちにいくかも。」
「大歓迎ですよ。いつでもいらして下さい。」
ニッコリ笑うと白馬はまるで我が家に招くような事を言った。


「じゃあ。快斗によろしく言っておいてね。」
「はい解りました。」


パタンと白馬が戸をしめると青子は笑顔をすぐに消した。
「快斗・・・いつの間に帰ってきたんだろう?」
白馬が知っていたのにお隣の自分が知らなかったというのはショックだった。
おいてけぼりにされたようなそんな感じがする。


「青子と会いたくないかな?快斗の事全然わかんなかったから。」


この間快斗の母に聞いた快斗についての話は青子にはちょっと難しかった。
仮面って何?
快斗いつも笑ってるの嘘だったって事?
それじゃあ青子と一番仲良かったのも嘘なの?

それに自分の知らない人物と分かり合えていたり。
だれだろう。快斗が唯一気を許せる相手って。
正直嫉妬していた。
やきもち焼いていた。
だから快斗の顔をすんなり笑顔で見れない気がする。


会いたい・・。顔見たいけど・・・でも怖い。
側に青子の知らない誰かがいたら。
その人と楽しそうに笑っていたら自分はどうすればいいのだろう?


父の部屋まで行くとそっと戸を開き中を覗く。
こちらから見て背中を向けているため目を開けているのかは解らない。
「まだ寝てるかな?」
小さくつぶやくと銀三は布団の上をごろりと転がりこちらに顔をむけた。
「青子か。どうした?」
「あ・・・ううん。なんでもない。熱さがった?」
起きあがろうとする父を押し止め青子は額に手をやった。
朝に比べたらずいぶんと下がっただろう。
だがまだ7度は軽くいくはずだ。


「駄目だなたまに熱を出すとなかなか治らない。」
苦笑する父に笑いかけると布団に落ちていたタオルを側の水に浸しギュットしぼりもう一度額にのっける。
「すまないな。学校休ませて。」
「ううん。風邪だもん仕方ないよ。それにさぼれてラッキーって」
「こらっ。」
「嘘だよぅ。怒らないでよお父さん。」
クスクス笑う青子に銀三は目を細めて娘の頭に手をやった。
自分の胸元に娘の顔をうめると
「何があった?」

優しく聞く。

「苦しいよお父さん。」
「ああ。すまない。」
上布団で窒息しそうになり青子は慌てて顔を上げた。
その顔はすでに涙で濡れている。

「なんでお父さんには解っちゃうんだろう。」
「お前の父だからな。」


「そっか・・。」


「なにがあったんだ?」





「―――――快斗が・・・戻ってきたの。」



その一言に銀三は息が止まりそうだった。
快斗君が・・・そうか。そうだよな朝近所で見かけたのだから家へ帰っててもおかしくない。

「青子ね。快斗が帰ってきたらもっと嬉しいと思ってた。なのにすっごく苦しいの。なんで?」
「・・・・」
涙を隠すように苦しいといった布団にもう一度顔を埋める青子。
難しい質問だ。
年頃の女の子の考えることなどおじさんにはさっぱり解らない。


「快斗違う人みたいな感じするの。なんでだろう?」
くぐもった声が聞こえる。
やはりあの時青子までとなりへ連れていったのは失敗だったのだろうか?
銀三は悩む。
今更だが、あの時シリアスな話を娘に聞かせるべきではなかったのか?
だが、快斗がどう考えていたのかこの子も聞くべきだと思った。
幼なじみとして。
これからも一緒に生きていく友として。
それは必要な事だと感じたから。


それに何を聞いても青子は快斗を見捨てないと思ったから。
快斗にとって最後のよりどころになってくれたら嬉しいと思ったから。

「青子・・・青子は全てが快斗君の演技だと思うか?」
その言葉に青子は顔を上げると力無く首を振った。
「・・・わかんない。」
「ずっと偽り続けるなんてどんな人にも無理な事だ。お前と一緒に居たときのほんのひとときでも本当の快斗君がいたかもしれない。」

「・・・・」
小さくうなづく。

「快斗君の事嫌いになったか?」
「ううん。」
その言葉に銀三は微笑む。大丈夫うちの娘は強いから。
快斗君の支えになってやれ。
「それなら大丈夫だ。彼の本当の笑顔を見れるように頑張りなさい。つまらない笑顔なんか見せたら張り飛ばせばいい。」
青子なら容赦なくぶっ飛ばしてくれる気がする。

その言葉に青子は目をぱちくりさせるとしばらくして笑みをうかべた。
「うん。そうだよね。たかだか快斗の一人や二人青子が恐れる事ないよねっ。うん。元気出たっっ。」
何に悩んでいたのか忘れているのかもしれない青子はガバッと起きあがると慌てて自分の部屋へと走り出した。

「どこへ行くんだ?」
「快斗んちーー。」
現金な娘だ。
銀三は苦笑すると自分の考えをまとめ始める事にした。

自分は快斗をどう思っているのか。


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今回は一挙に4人ご登場です。一個一個が短い話なので。
しかし快斗もコナンも出てきません(笑)
一人一人の思考を書いてみたつもりですがつまらなかったらすみません。
全体的に暗いムードですしね。
ですが、ここは縁真としてはどうしても省きたくない所だったのです。

2002.1.14