〜約束「8」〜


快斗

救いを求める少年と母。あの探偵が自分だったらもう少し違った結末を迎えられたかもしれない。
あの人たちに少しでも希望のある未来をあげれたかもしれない。
うぬぼれかもしれないけどな。
コナンは言った。
映画を見た後二人で近くの喫茶店に入った時の事だ。





「あれさ。前見た時蘭の奴『お母さんが可哀想』って泣いてたんだよな。」
「は?母なのか?まあ同情はするけど」
「あーちょっと違うな。確かに最後は可哀想だったが蘭が言うには息子と分かり合えないまま終わってしまったのが一番悲しい事だって。」
ズーッとアイスコーヒーをストローですうとパフェをおいしそうに食べる快斗にコナンは苦笑した。




さっき快斗のパフェとコナンのアイスコーヒーを運んで来た人が目を丸くしていたのだ。
「コーヒーのお客様。」
といいつつ快斗に置いたのに手をあげたのは小学生のほう。
「えっとパフェは?」
「あっ俺。」
にっと快斗が笑ってやるとちょっと頬を染めたそのウェイトレスは
「そ・・そうですか。すみません。」
とパフェを置いてそそくさと退場してしまった。



「なっあれ俺に惚れたかな?」
「バーローうぬぼれんなっ。俺のが格好いいっ。」
「今の格好じゃねぇ。」
「ふんっ。今頃向こうで笑ってんじゃねーの?パフェ食う高校生男子に。」
「うるせーやっ。うまいじゃねーか。欲しいって言ってもあげねーぞっ。」
「いらねーよ。そんな甘ったるいもん。」


どう見ても逆転している会話に周囲はクスクス笑っていたが二人は特に気にするでもなく先ほどの会話をはじめたのだった。







「そんなもん?」
「俺もさずっと分かんなかったんだよな。でも今日見てやっと蘭の言いたいことが解った気がする。
女ってすげーよな。俺なんかよりよっぽど本質を見抜いてるぜ。」
生クリームをパクッと嬉しそうに食べる快斗に今度は渋い顔をみせつつコナンは続けた。


「お前と同じだよあの少年は。」
「は?」
「一歩間違えたらお前もあーなるんだろうなって思った。」
「よせよ。くだらねー冗談言うと怒るぜ俺?」
ふざけた口調だったがその瞳は笑っていなかった。
口元だけで笑う快斗はいままでいろんな裏の世界の住人と接してきた経験のあるコナンですら背筋が冷える恐ろしさだ。



だがそんな事をおくびもださずこちらも真剣な瞳で答えた。
「いや。本当に。お前さその仮面おばさんに気付かれてないとか今も思ってるだろ?」
「・・・・だって完璧だもん。母さんなんかに解るわけないじゃん」
スプーンを加えたままぶすくれる快斗にコナンは器用に片眉をあげた。


「ほー。俺にはすぐにわかったけど?」

「コナンちゃんは探偵だからっしょ。母さんはただの人だよ?」
「でもお前の先代の奥さんだ。」
初代怪盗KIDの妻。それって結構な肩書きかもしれない。
しかも現怪盗KIDの母だ。




「俺の猫の威力しんねーな?」
「知ってるよ。でもそれを知らないフリしてるおばさんはきっと辛いと思う。」


「―――――だから気付いてる筈ないって。」

「気付いてるっっ!」

「いーーやバレてるはずないっ!!」


「はっこれだからバカは困るよな。バカイトーー。」

「なんだとってめーその鬼の首を取ったかのような笑みはなんだっっ。ちくしょーむかつくっ。」

「バカだもんお前。仕方ねーよなー。」

「そんな事いうのはてめーくらいだっ。IQ400の俺様によくそんな事言えるな。」

「へーほー400もあるくせにその頭脳は回転してねーんだな。そりゃー大変だ。」

IQあっても元がバカだから仕方ねーのかなー。




フフンッと鼻で笑うと一人落ち着いてコーヒーを飲む。
「てっっっんんめぇぇぇぇぇ。」
だんだん机を叩く快斗のせいで周囲の注目を集めるが(元々集めていたが)それも何処吹く風。
コナンは悠々と目の前の男を無視して優雅にコーヒーを飲み続けていた。



そのうち一人怒鳴っている自分が本当にばからしくなってきたのだろう快斗はコホンとひとつ咳きをつくとゆっくりと口をひらいた。

「どーゆー根拠があってそーゆーことゆうかな?」


笑顔が引きつっている。
「いろいろと・・・な。
第三者にしか見えないことってあるもんだぜ?」


その顔はニッと笑っていたが目の奥に鈍い痛みを耐えるような光が宿っていた。
それに気付いた快斗が何か言う前にそれさっさと食っちまえよと偉そうに顎でパフェを示した。
手持ちぶたさゆえか、コナンはコーヒーを飲み終えてさらにズズッと氷しかない中身をすする。


子供みてー。



「第三者だから見えたってか?母さんにそんな簡単にばれるような演技はしてねーけどな。」
「お前の母さんだからな。」
「そーなのかな。あの暢気な母さんが・・・?」


あの映画の中の母のように苦悩しているのだろうか?
「今日聞いてみたら?いつから俺の仮面の事気付いてた?って。気付いてなかったら適当にごまかせばいいだろ?」
そんくらい朝飯まえだよな?


いたずらっ子のように笑みを作るとコナンは簡単に言ってくれる。



「そーだけどよーー。お前本当に気付いてなかったら覚えてろよっっ。」
「へーへー。俺の高貴な脳に刻みつけておきますよ。もー帰ったら?夜飯の時間だろ?」
「お前は?」
「蘭の学校よってく。あいつ部活で遅くなるって言ってたから危ないもんな。」
「蘭ちゃんなら大丈夫じゃない?空手凄いじゃん。」
「ま・・な。俺の気休めみたいなモンだ。こんくらいしか俺にはできねーから。」


自嘲気味に笑うコナンに快斗も苦笑する。
「ま、いーんじゃねーの?出来ることを最大限やるお前は俺結構好きだぜ?」
「ありがとよ。」
んじゃお礼に奢ってやろうと伝票を持ってコナンは立ち上がった。




「てっめー年下に奢らせる酷い奴っちゅーレッテルを俺が貼られてもいーと思ってんのかっっ。」
「こんくらいで下がるような価値ならお前そんなもん捨てっちまえよ。」
「そーゆー問題かっっ。」
「いーじゃねーかよ。俺が映画さそったんだからこんくらい奢ったって罰はあたんねーだろ?」
「ちーがーうぅぅ。」


レジの前でくだらない喧嘩をする二人にレジ打ちのお姉さんは口元に手をやりクスクスわらう。
よく見るとお客さんまでこっそり笑っていたりする。
小学生と対等にけんかしている快斗がおかしいのかそれを柳のごとく受け流すコナンがおかしいのか。
二人のコンビにほほえましさを感じて笑っているのか。


「いーからっ払わせろよ。」
「・・・・コナンちゃぁぁん。」
「うるせっ。払うったら払うんだっ。今ここでサイフ出して見ろ。絶交だからな。」
「そこまで言う?おねーさーん。この子に払わせてあげてください。俺外でてます。」

しくしくうなだれたまま快斗は喫茶店から出る。


「僕ーなんでそんなに払いたかったの?」
「え?あーあいつさっきムカツク事言ったからちょっと苛めてみただけだよ。」
あははは。
手を振って笑ったのは確かに小学1年生の小さな子。
でも今の言葉はとてもそぐわなかった。


「苛めてって・・・。」
「俺に奢られるの嫌がるもんなー。別にいーじゃんねぇ?高々パフェ一個くらい。」
いや普通ならいーのだろうが相手が小学生じゃ下手をすればひと月のお小遣い分くらいなのでは?
「あっおねえさん。これもらっていい?」
側にあったご自由にお持ち帰り下さいの飴を指さす。
「ええ。このミルクの飴がおすすめよ。」
「ありがと。」
その子はさっきまでの意地悪げな顔を一転させて愛らしい笑顔を見せた。
よかった普通の小学生だわウエイトレスはホッとした。




お金を払い終わりチリンチリンと店の扉を開くとその向こうに待つ高校生にコナンはホイッと飴をほうりなげ
「食え」
と言ったのだ。
それを見てしまったウエイトレスさんの笑みが凍ってしまったのは仕方のないことかもしれない。
飴を受け取り犬のように嬉しげにコナンに近寄る快斗。
二人の力関係は今その時にウエイトレスさんに完璧に把握されたであろう。
そう思いつつも快斗はコナンの小さな優しさが嬉しくて仕方なかったのだ。







目が覚めた時快斗は涙を流していた。
「・・・・夢・・見ちまった。」
幸せだった時の夢。
まだ組織とか闘うとかそんな単語が出てきてない頃の夢。


あの後快斗は母に尋ね、お互いの垣根をぶちこわす事に成功したのだ。



全てコナンのおかげだと思っている。




それなのにあいつは「俺おばさんの味方だもん。てめーの言葉にむかついてなー。ほらっおばさんの事バカにしたような事いったろあん時。」
たぶん
「母さんなんかに解るわけない。」
の『なんか』に引っかかったのだろう。
のちのちそう考えた。



「結局俺にお礼を言わせてくれなかったよなあいつ・・・・。」
お前の為に言ったわけじゃねーからな。
とか笑って。
ちくしょう。
思い出すとよけいに涙が止まらない。
コナン・・・・新一・・・新一・・・・。

生きていてくれ・・・。
頼むから。
俺をおいて逝かないでくれ。









今朝自分の家に帰ってきた快斗は母の痛ましげな視線をうけ力無く笑った。
さすがに紅子の喝が聞いたのかあの目立つマントとモノクルは外してあった。
それまでそんな事にも気付かないほど意識を朦朧とさせていたんだな・・・と快斗はようやく気付いたのだ。
でも今、母を見て気が緩んだのか体中の力が抜けていくようだった。



「新一が・・・」
「とにかく寝なさい。今はゆっくりと。眠れないかもしれないけど。力を蓄えなければならないでしょう?」
「うん・・・。」
呆然とつぶやく快斗をギュッと抱きしめぽんぽんと頭を叩いてやる。
こんなに打ちのめされた瞳をした快斗を見たのは初めてだった。
母はとりあえず消化のいいお粥を作ると食べたがらない快斗に無理矢理食べさせた。



「パジャマ出しておくから着替えなさい。それと・・・そのケガ治療はしたの?」
気付かれていたのか・・・快斗は心の中でそっと驚く。
「応急処置は・・。後でちゃんとしておく。」
自分で出来る快斗は軽く手をあげ、大丈夫たいしたことないからと告げると母を部屋から追い出した。



「はあ・・・・。」
ドアに背をもたれかかりずず・・と絨毯に座り込む。
自分の部屋にホッとする。



温かい対応が胸に応える。
だが母は甘やかしているわけではない。
力を蓄えろと言った。もう一度闘うための力を。
強いよな。母さんは・・・。
よいしょっと立ち上がると力を振り絞って白いスーツを脱ぎ捨てた。


身体はもうぼろぼろだった。
どこもかしこも傷だらけ。
もともとの傷もあり。
「あーひでーなこれは。」
と一人つぶやいてしまうほどだった。
一番ひどいのは脇腹の傷。
一応巧く避けたため直撃はまぬがれたものの、かすってしまったらしい。
未だに血が止まらない。


「止血剤残ってたかな。」
棚を漁りのぞき込む。


あらかた今回の戦いの時に持って出掛けたため医療品はほとんど棚に残って居なかった。
また補充しておかなきゃ。
「あったラッキー。とりあえずこれで血だけ止めて・・」
手早い作業で棚から小さなビンと注射器を取り出すとそっと右腕に打つ。
「どんくらい持つかなこれで・・・。」


軽い傷をちょいちょいと消毒して大きな傷を自分で縫うか迷う。
どうせこーゆー事のプロフェッショナルがいるんだし縫わせてあげようかな?
そんなふざけた事を快斗は考えていた。


だが結局めんどくさいのと、このままほっとくと傷がさらに広がりそうなので自分で縫合する事にしたのだった。


「痛っ・・っかぁぁ麻酔きかねーしなー。つらいよなー。」
そんな一人ごとをつぶやきつつ常人なら耐えられない作業を手慣れた様子で一人孤独に続けていた。


よしっ作業終わり。これでなんとかなるな。


どんなけがも今まで自分で治してきた自負がある。
今回も高々射創だ。
慣れ親しんだこの痛みに快斗はふっとため息をついた。
このくらいの痛みぜんぜん平気だった。
この胸の痛みに比べたら。



眠れるだろうか。俺は・・・・。




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そうしてなんとか眠りについたらあんな夢を見てしまったのだ。


止まらない涙に快斗は苦笑する。
どうしようなこの水。
こんなに泣いたのって赤ちゃんの頃以来だと思うぜ。

起きあがった上半身をもう一度ベッドに戻して目元に両腕をやった。
久しぶりに泣いたせいで頭がガンガンする。
なさけねー。
本当になさけない。


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ごめんなさい。長いですこの話。
そんなの今更ですが(笑)思った以上に長いもので。
すみませんね本当に暇な人だけ読んでくださいね。
次回は多分白馬君か銀三氏あたりが登場かな?

2002.1.8