銀三
「彼には・・・本当の顔を見せる事の出来る相手はいたのでしょうか?」
昏睡状態の銀三は先ほどまで思い出していたせいであの時の情景を思い出してしまったらしい。
「本当の顔・・・ですか?それでは中森さんはあの子の笑顔がうそだと?」
「そうよお父さんそれは失礼よっ。」
一瞬の動揺を即座に隠し彼の母は穏やかに尋ねた。
隣の青子は放っておいて会話をすすめる。
「いえ・・全てが偽りとは言いません。しかし―――――私にはどこまでが本当だったのか・・・。」
首を振りやるせなさげな銀三に彼女は目を落としそっと小さく息を吐いた。
「一人だけ―――――」
そして小さくささやくように話し出した。
「・・・・たった一人だけあの子の事を理解してくれる人がいます。」
銀三はたぶん驚いたのだと思う。
その時の感情は自分でもよくつかめなかった。
てっきり一人で全てを抱え込んで今もただ一人で孤独の道を爆走しているのだろうと思っていたせいか何か複雑な気持ちがわき上がった。
たった一人でもそんな相手がいてよかった。
でも・・・ただ一人の肉親にすら見せなかった顔を他人にみせるものだろうか?
もしやそれもまた偽りの顔なのでは―――――
疑いだしたらキリがない。
「その人はあの子だけでなく私の心もすくってくれましたわ。」
「―――――と言うと?」
「私はずっと昔から知っていたのです。あの子が常に仮面を被っている事に。」
やはり母親。
しかし何にすくわれたというのだろうか?
「あの子が私のためにいつも笑顔で有り続ける事を望んだ事に気付いた時、正直悩みました。
私が気付いている事を話すべきか。」
でも私はそのままにしてしまった。
それが二人の間に垣根のようなものを作る事を知らずに。
「何が正しいか・・・なんて解らないものですね。
私は自分が正しいと信じた道を進みました。あの人・・・・盗一さんも同じように仮面をつける人でしたから同じように対応してしまった。」
「旦那さんの時はどうだったのですか?」
「どうしても仮面がつけられない時に膝を貸してあげるんです。今までどれだけ頑張ったかポツポツとつぶやくのをそっと聞いてゆったり眠りにつくまで頭をなでて・・・。」
亡くなった旦那さんの事を思い出しているのだろう彼女は穏やかに微笑んでいた。
お疲れさま。
今だけは全てを忘れて眠ってしまいましょうね。
そうささやいて。
一転して悲しい顔になると彼女は大きなため息をついた。
「盗一さんにとっての私があの子にはずっといなかった。それに気付いてなかったんだと思います。」
気付いた時にはもうお互いの家が見えない程の立派な垣根が完成していた。
「でも・・・その人は年々強固になっていくその垣根をドカンっと壊してしまったんです。」
グッとこぶしを突き出す彼女は一気に明るい顔をした。
コロコロ表情の変わる人だ。
「通るのにジャマっとか言って。さも自分のためかのように。」
「それは・・・」
例えだらけのため実際どんな事をその人物がしたのか想像もできないが、それはとてもすごい事なのだと銀三は思う。
「おばさん・・それって青子が知ってる人?」
「どうかしら?歳が違うから全く接点ないわよね多分。」
「快斗いつその人と知り合ったんだろう?青子全然しらなかった。」
「そうね。私もしらないの。いつの間にか仲良くなってて。よく家にも来てたんだけど青子ちゃん会わなかったわねそう言えば。」
その人と・・・コナンと会ってからの快斗は本当に楽しそうだった。
いままでどれだけ辛い笑みを見せられて来たのか母が自覚するほどに。
あの時だったわね。
垣根が壊れたのは。
「母さん。今日さ。あいつと映画見てきたんだ。」
「あらあらデートみたいね。」
「映画とかってつまんねーからやだっつってんのに無理矢理つれてくんだぜ」
とか言いつつウキウキとついていったのだろう息子を思い母は内心笑う。
「何をみたの?」
「・・・・推理もん。」
「コナンちゃんの好きそうなものね。」
今度は顔に出してクスクス笑うと快斗も苦笑した。
「そう。あいつ入る前から楽しそーでさ。なんか昔一回見たやつらしーんだけどさリメイク版がやってたから俺にも見て見ろって」
そんなにいい話だったのね。私も見たかったわ。そう言うと快斗は微妙な顔をした。
「うーん。何ていうか・・・衝撃?うーんそれとも目から鱗・・・」
「え?」
歯切れの悪い息子に首をかしげ問うと快斗はしばらく考えたのち
ゆっくりと口を開いた。
「母さんさ俺の仮面の事いつから知ってたの?」
清和
「何見てんだ?」
「えーがっ」
居間に入ると座椅子に座る父の膝の上で真剣にテレビを見つめていたコナンは目を離さず答えた。
こたつでぬくぬくとしている上に机にみかんの皮が残っている。
完全に冬スタイルだった。
まだ季節は秋なのにな。
コナンが来てからの我が家はまるで魔法がかかったかのように華やかになった。
コナンが笑っているだけで温かくなれる
そんな幸せ。
あれから一週間たち今日は土曜日。先週のこの時間はコナンを海から拾い上げていた。
早いもんだなぁ。
父はこの一週間朝と夜しかコナン君と遊べなかったうっぷんをはらすかのごとく一日離れなかった。
すっかり父の膝でくつろいているコナンに苦笑しつつ、俺は最近買ってあげた白い服に満足していた。
うーんラブリィ。
白いセーターに白い半ズボン。
セーターに付いているワンポイントのボンボンがまた可愛らしい。
これを見た父も母も興奮気味に俺を褒め称えた。
『天使光臨』
まさしくそんな感じだったのだ。さすがに羽はなかったので羽根付きのリュックを買ってあげた。
今度をこれを背負ってもらって一緒にどこかに行こうと思っている。
どこに行こうか今からワクワクしている自分。
あーその前にこの子の親が迎えに来てしまったら俺はどうすればいいんだ。
ちくしょう届けなんて出すんじゃなかった。
今更あの時の父の気持ちが分かり心の中でため息をついた。
「そんなに面白い?」
「まあまあだな。」
「えーー面白いよー。」
父に文句を言うように顔をグッと上むけた。
「だって難しくないかこれ?」
「ううん。」
ぜんぜん。ブンブン首をふり、またテレビを真剣に見つめる小さな子供を見下ろしよいしょっと膝に抱え直す父は俺に苦笑をおくった。
「さわぐと怒られるぞ。」
きっとすでにうるさいと怒られたのだろう父はそれでも楽しげだった。
コナンのイスを止める気もなさげで血はつながらないとは言え、どこからどう見ても目にいれても痛くないほどの可愛がりようだ。
「どんな話?」
返事はこないのだろうと思いつつ聞いてみると丁度台所からお茶を持ってきた母が答えてくれた。
「確か事件物よ。私も昔見た記憶あるから。ただちょっと難しくて未だに理解できてないけれど。」
ことんとお盆から湯飲みと急須をテーブルにおき、ゆっくりこたつに入るとお茶をつぎだす。
やれやれ・・・俺はこたつから抜け出すと自分の分の湯飲みをとりにいった。
あーゆー時の母ちゃんはもう動かない。
嫌よもう座っちゃったもの。飲みたければ自分で湯飲みもってらっしゃい。と言われるのが落ちだ。
しっかし両親そろって難しいと言うならばそれなりの内容なのだろう。
こう見えてももちょっとは頭のいい自分に自信を持っている俺は挑んでやろうって気になった。
「母ちゃんこれにもお茶ついで。」
ほいっと俺専用の湯飲みを渡すとこたつにすわりみかんを手に取る。
ちょっと堅いな。すっぱいかも。
「ここまでのあらすじざっと教えてくれる?」
「いいよー僕が教えてあげるー。」
お茶をうけとり母に尋ねると湯飲みを手にしたコナンがニッと笑いこちらを向いていた。
おや?とテレビを見るとCMだった。
なるほど。
「えっとねー。」
コナンは実に効率よく説明してくれた。
簡単に言うとこれは推理物らしい。主人公の男(いかにも探偵ですっと言った格好でロングコートに帽子を被りパイプを加えている。)が謎の殺人鬼を追いかける話。
最後にたどりつくのは金髪碧眼のまだたかだか12.3歳の幼い少年。
主人公はいろいろな理由によりこの子が犯人だと確信するが証拠がない。
それで今から証拠集めにのりだすところらしい。
「へぇー少年が犯人なんだ。最近はこわいね。」
「少年だけが悪い訳じゃないよ。いろいろな要因が重なって結果的にこうなってしまったんだ。」
推理となるとよくすべるコナンの舌がなだらかに伝えてくる。
まるでレポート用紙にまとめてあるかのように。
だが、いつもと違って苦しそうな顔なのは何故なのか?
どんな推理もウキウキと白い頬をピンクに染めて興奮気味に少し早口で教えてくれるのだ。
その表情が俺達は好きだった。
だから興味ない話も。小難しい話も聞いていられた。
「どんな要因があったんだい?」
こんな時の質問役はたいてい俺。まるで雑誌の取材のように聞くと、用意してあったかのごとくスラスラとコナンは答えてくれる。
「えっとね。第一に父の死。それによってこの少年は母のために自分というものを押し殺して生きる事を決めたんだ。」
ただひたすらいい子の猫を被って生きる。それがどれだけ大きなストレスを少年にもたらすか・・。
「第二にそのことに母は気付いていたがあえて指摘せずそのままにしてしまった。」
言うべきか悩む母の苦悩のシーンもありただそのままにしたのではなくいろんな理由があっての事だともつけ加える。
だから母が一概に悪いともいえないのだと。
「第三に。二人の壊れかけた関係を修復してくれる人が側にいなかった。」
それが一番の原因だろうな。コナンは苦い顔でつぶやいた。
コナンがそこまで犯人のほうに感情移入してしまうのは珍しかった。
一本ずつ立てた指を三本順に折って、ぐっと手をにぎりしめるとコナンは唇をかんだ。
「それによって蓄積されたストレスやら負の感情が暴走してもう一人の自分を作り上げてしまったんだ。」
だれか負の感情をぶつける相手がいればまだ違ったかもしれない。
だが彼の周囲には残念ながらそんな相手はいなかった。
だから手当たりしだい目に付いた者に怒りをぶつけていたのだ。
それが仕方ないことの一言で片づけられるようなもので無いことはコナンも十分承知している。
だがどうしてもこの少年だけが悪いとはコナンには言い切れなかった。
「あっコナン君CM終わったわよ。」
「本当だ。」
遠くを見つめる風だったコナンが慌ててテレビへと目を移す。
よかったいつものコナンだ。
どうやらここからはひたすら主人公の独壇場らしい。
どこかへ行ってはヒントを見つけ一人で「そうか・・・そうだったのか」納得する。
ピースを全て集めた主人公は少年の元へと会いに行く。
だがその母にはばまれ、えらそうな顔で説教をたれたのだ。
「殺人鬼をのばなしにしていいのですか?母なら止めてあげるべきではっっ。」
聞いてるとむかついてくる。
たぶんさっきコナン君に少年の事情を教えてもらったせいとコナンが少年に肩入れしているのに気付いて無意識に少年の方を応援しているのかもしれない。
「この人の答えは正しい・・・でも世の中は正しいだけじゃ割り切れない事もあると思うんだ。」
主人公の事を言っているのだろうテレビから目を離さないままぽつりとつぶやいた彼に俺達は顔を見合わせた。
普段は子供らしいのにこーいうフとした瞬間にものすごく大人びた表情を見せる。
「それにこの人は探偵にあるまじきミスを犯した。最大級のミスを。」
「え?」
最後まで見たことのある母は声をあげた。
目を彷徨わせて考えているのだろう。
なにかミスしてたかしらあの人・・・つぶやく声が聞こえる。
場面はすでに終盤にさしかかっていた。
気弱そうな少年は金色の髪を乱しながら同じく少し茶がかった金髪の母と森の中を逃げていた。
まるで探偵の方が悪役だ。
おきまりのように崖に追いつめられた二人は息を切らせる探偵に一つ一つ罪状と、その理由、殺害方法、トリックをつきつけられた。
見る見る青ざめていく二人に探偵はふっと笑うと最終通告をだす。
「自主して下さい。」
その言葉にプッつん切れたのかポケットから折り畳みナイフを取りだしさっきまでの子犬のような清らかだった瞳をまるで狩人のように変えて主人公に襲いかかろうとした。
それは本当に一瞬の出来事。
飛びかかる少年を母は背後からだきしめるように取り押さえた。母は、少年が斬りつけてくるナイフで腕が血だらけになるにもかかわらず力をゆるめなかった。
「good boy」
少年の頭をなでそっと耳元でささやくと涙をながして背後の崖を飛び降りた。
少年を抱えたまま。
「それがこの忌まわしい連続殺人のピリオドだった。」
主人公は一人心の中でつぶやく。
「こんな事のために俺は事件を追っていたわけではない。何故・・・こんな事に―――――」
さらに独白は続くが俺はなにやら呆然とそれを眺めていた。
なんなんだこの話は。救いがないじゃないか。
「主人公のミスはね。」
まだ主人公がなにか言っているが興味ないのかコナン君はこちらに顔をむけていた。
「人を死なせてしまったこと。」
例え推理でも死にまで追いつめてはならない。
それでは探偵も人殺しとかわらなくなってしまうから。
それにこの人は主人公だけでなくその母まで追いつめてしまった。
最大級のミスだ。
「それにね。この人はあの親子が身投げしたのにあまり責任を感じていない。」
ちょっと許せないよね。でもこの映画好きなんだ。何でかな
俺は考えていた以上に酸っぱいみかんに顔をしかめた。
今の気分と同じ味がした。
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