〜約束「10」〜


黒羽快斗

「お久しぶりですね。」
穏やかな笑顔だったがちょっと目が笑っていなかった。
怒ってるよなーー。
快斗はベッドから上半身を起こすとクッションを腰に当て楽な体勢をとる。
「よお。久しぶりだな白馬。まさかこんな早くに来ると思わなかったぜ。」
「小泉さんに伺いましたから。」
あーあいつあの後学校行ったのか。律儀なやつだなー。
傷に響かない程度の大きさで笑う快斗に白馬は持っていた箱を差し出した。

「シュークリームです。あなたの好きなあの店の。」
「おっサンキュー。うまそーー」
箱を受け取りさっそく開けるとおいしそうなシュークリームが5つばかし入っていた。
えっとー白馬が一個で俺が四個・・ってだめかな?

そんな目をされ白馬は苦笑する。
「本当に甘いものに目がない人ですね。僕はあまり好きではないのでどうぞ食べてください。」
「らっきぃぃ。あ、悪いけど母さんになんか飲み物もらってきてくんねー?」
・・・あなたと言う人は・・・脱力したらしい白馬は引きつった笑みで階下へと階段を下っていく。


「あー。ちょっちつらいな今は。なんとか笑顔保ててるみてーだけど。」
肉体的ダメージなら瀕死の状態でも笑顔を見せられる。
だが精神的ダメージはだめだ。笑顔を作ろうにも作り方を忘れてしまったみたいだ。
白馬が何も言ってこない所を見ると一応いつもの笑顔を見せているのだろう。
もう自分では笑っているのかそうじゃないのかさっぱり解らなかった。



『大切なもの・・人・・・そう言う物は私たちのような人間にはジャマにしかならない存在だ。』
昔誰かがそんな事を言っていたのを思い出す。
あの時はそんな物一生作らないから関係ない・・そう思っていた。
知り合いが大切なものを奪われ錯乱する姿を見るにつけ、そんな物を作ったお前がバカなんだよ。
そう鼻で笑ってた。
わざわざ自分で自分の弱点作るなんて信じらんねーって。
大切なのものなんて・・・俺には無縁なものだって絶対の自信があったから。


今なら解る。
大切な人。
それは生き甲斐。
それがあるだけで世界が変わる・・そんな人がいるということ。
こんな時にでもあいつと出逢った事を後悔なんてしていない。
出会えなかったら俺は一生暗い冷たい底なし沼のような世界に身を浸して、生ぬるい生活を鼻で笑うような愚かな行為をしていたのだろうから。
それがどんなに悲しい日々だと言うことに気付かないまま。

弱みかもしれない。それでも明日を生きる希望になる存在それを見つけただけでなく手に入れた自分は本当に世界一運のいい奴だと本当に思っている。
それを知らないまま一生を終えていたら俺あの世で父さんに呆れられるかぶん殴られてたよな。
―――――つまらん生き方して恥ずかしくないのかっっ―――――てさ。





「シュークリームか・・・。あいつにこんなの食ってるの見られたらまた嫌な顔されるんだろうなー。」
小さく苦笑する。口元が引きつっているのが自分でも解った。

甘いものを食べると凄い顔をする。
別に自分が食べるわけでもないのに人が食べるのを見てても胸やけするらしい。
だからついわざと目の前でパフェとか頼んだりしちゃうんだよな。

あっもしかしてあの時怒ったのって母さんのこともあるけど目の前でパフェ食ってたのもお怒りの原因だったのかも。

思い出したくないのに思考はどんどんコナンの事を考えしまう。
何を見ても思い出してしまうのだからしょうがない。

「黒羽君?」
そうとう自分の思考に入り込んでいたのだろう白馬の気配に快斗は全然気付かなかった。
白馬の空気を肌が感じとって危険ではないと勝手に判断したせいかもしれないが。
やだよな。意識より体のほうが正直にこいつのことを認めてやがる。
こんな会えばKIDKID言う奴を
気を許せる相手・・・そう思っているなんて。


「んあ?」
「寝てたんですか?はい。ココアです。」
俺のトロイ対応に訝しげに目を細めながらも追究せずただそっとマグカップを手渡してくれる白馬。
「おーサンキュ。」

温かいココアは体とともに冷えた心も少し溶かしてくれる。
おいしい・・・。

「黒羽君。一つだけ聞かせて下さい。」
「ん?」
「コナン君は一緒にいたのですか?」
「・・・・・・」

一瞬瞳によぎったいらだちに気付いたのだろう白馬は軽くため息をつくと
「そうですか。やはり。」
「お前一人で勝手に納得すんなよ。別にあいつは関係ないぜ?あいつなら今頃両親のとこいんだろ?」

「・・・・ま、そう言うことにしておきましょうか。」
むかつく言い方だ。信じて居ないことは間違いない。
まったく嫌な奴に知られちまったよな。

「これ以上つっこんで聞くと嫌われてしまいそうですからね。それは本意ではありません。
今日はあなたを叱りに来たんです。小泉さんの分まで・・・ね。」
げっ。
叱りにってお前。
今俺けが人の上に傷心中だぜ?そんな俺に説教する気かっ。
なんて奴だ。
とか思いつつも温かい言葉なんか掛けられたくない快斗のつぼをついた家庭訪問だとも言える。

「まったく。あなたが失踪してから僕や小泉さんそれに中森さんがどーれーだーけー苦労したか解ってるんですかっっ。」

いや叱るとは言ったけど本当に叱ってるよこいつ。なんか律儀なやつだな。
「いや・・はいすみません。」
「すみませんで済むような問題じゃありません。」
「んじゃどんな問題よ?」
「口答えするんじゃありませんっっ。」
「・・・・・。」
お前は俺の母ちゃんかっ。とつっこみをいれたい快斗に白馬は首を絞めるような勢いで掴みかかってくる。
「大体ですね。最初はまったく気付きませんでしたけどなんですかその情けない顔っっ。」
「は?」
そっかぁ今情けない顔してんだ俺ー。
朝も紅子に似たような事言われたし。まー今は仕方ねーじゃん。



「手を出すのを拒否された僕たちはただ今まで待ち続けたんです。それがどれだけ辛かったか・・なんてあなたにはきっと解らないんでしょうね。」
解らないわけじゃないけどさ、危険だったんだから仕方ないじゃん。

「今頃あなたがケガをしているかもしれない。もしかするとこの世に居なかったら・・・・そんな事を思って待っていたんですよ。いっそ自分がケガした方がましですっ。」
お前俺今ケガしてんですけど。
襟首つかんでぶんぶん振り回さないで欲しい。

「どうせこんな事いっても貴方の中には全然届かないんでしょうね。表面だけでサラリと流すんですよね。」

まったく腹立たしいっっ。

「仕方ねーじゃん。そーやって今まできたんだから。」

本心を言った。
ここまで自分のために怒ってくれたのって嬉しいよな。
だからお礼の意味もこめて。

その言葉に真実の重みを感じたのだろう白馬はハッと動きを止めると襟からようやく手を離した。

「ようするに、他人に頼らない。他人に自分の領域を踏ませない。他人を信じていない・・・そういうことですか?」
「いやそこまでひどかねーよ。俺だって人に頼る。テリトリーに入れる事もあるし。信じる事もある。」
コナン君のことですね。そう思いつつも白馬は口には出さなかった。
あえて確認する必要のないことだから。

「今回もな。お前達には頼ってないけど他に力貸してもらった人がいるんだよ。」
「え?」
「もーすぐくんじゃねーの?肩怒らせて。黒羽君っって。」

それって?
小泉さんではない他の人?考えもつかなかった。
ではコナン君関連の人だろうか?




「バカイトォォォ」
「あれ?先に青子が来た。」
バァァンと扉を蹴破るように入ってきたのはすっかり元気を取り戻した中森青子その人だった。
手には家でかき集めてきたお菓子等を抱えている。
せめて袋にでも入れればいいのに。

「お前なぁ叫びながら入ってくんなよな。」
さすがアホコだよなーーと悪態をつく快斗を見て青子は即座に動きを止めた。
「・・・・快・・・斗?」
訝しげに問いかける青子に二人は首をかしげた。

「おうっこの世に二つとない美貌の持ち主は他でもないこの黒羽快斗様しかおるまい。かっかっかーー。」
そこまで笑うと青子は不機嫌そうに手の中のお菓子を投げつけてきた。

「いてってめー何しやがるっっ。」
袋の角が痛かった。目に当たったら大ダメージだ。
「何で笑ってんの?」
「は?」
「何でそんなつらい顔なのに笑ってんのって聞いてるのっっっ。
笑いたくない時に笑わないでよっ。泣きたければ泣けばいーし、機嫌悪ければブスッとしてなさいよっっ。」

掴みかかられる。
よもや青子にまで襟首捕まれるとはなー今日は厄日か?
快斗は暢気に構えていた。

「なんなんだよっ」
「そりゃ青子じゃ全然頼りになんないと思うよ?でもいっっつも助けてもらってるんだもん愚痴くらいいくらでも聞くよ?なのになんで青子にそんな顔みせんのよーーーっ。」
バカバカバカァァァ。
泣きつかれる。いや・・お前が泣いてどーすんだよ?
しかもてめー今叩いてるそこは一番ひどいケガのところで・・うわっやめろっ血ぃまた出るっっ。
せっかく止血剤打ったのに。

ドンドンと叩いてくる青子をそんな事を傍らで考えつつ呆然と見下ろしていた。
「中森さん。彼はけがをしてますから。」
そっと白馬が青子の肩に手をおき止めにはいる。
だがそんな声も聞こえないのかベシッとその手を振り払うと今度は平手打ちがきた。
しかも往復びんた。
うーわーこんなにやられ放題って初めてかも。

攻撃し疲れたのか肩ではあはあ息をしつつ涙をダラダラ流した青子はビシィィっと指をつきつけた。

「いーい?青子はいつだって快斗の味方なんだからね。一人だとか思っちゃだめよ。
そんな生きてるんだか死んでるんだか解らない目してないでしゃきっっとしなさいっバカッッ」
最後にとどめの一撃をクリーンヒットさせると肩をいからせて颯爽と去って行った。

残されたのは最後の一撃で撃沈させられ呻く快斗と呆然と勢いよくしめられたドアを見つめる白馬。
それに部屋に散乱したお菓子達。

「・・・さすが中森さんですね。」
「・・・・」
無意識に転がり出る言葉に快斗はまったくだと心の中でうなづく。
すげーよ青子お前の最後の一撃むちゃくちゃ効いた。

それが攻撃の事か言葉の事かは快斗にもわからない。でも胸の中にストン・・と何かが落ちてきたのを感じた。

「一目であなたの状態を見破ってしまうんですから・・中森さんは凄いです。」
「あのお鈍の青子がな・・・。」
そう言えばそうだったな。
ポーカーフェイスがこんなにあっさり破られたのは初めてだった。そりゃ今回は酷い顔してるけどまさか青子に気付かれるとはな。
ひどいといっても本当に微妙な変化しかない筈なのだ。白馬や紅子ならまあバレてもおかしくはないと思っていた。それがよりにもよってあの青子がその二人よりいち早く感じ取ったのだ。快斗の変化を。
意外だった本当に。

「しかもポカポカなぐりやがってこの優秀な頭脳が失われたら世界的損失だぞ。」
「世界に貢献する気もない人が言わないで下さい。」
すかさず白馬がつっこむ。

「まあいいじゃないですか。ああして真剣に自分の事を考えてくれる人がいる・・・というのは貴重な事ですよ。」
わかっている。今ならわかる。コナンと出逢った今ならその言葉も反発なく受け取れる。

「なあ白馬」
「なんですか?」
「氷持ってきてくんねー?顔張れてるかも・・・。」
快斗はどーでもいい事を言った。
単に照れ隠しかもしれない。だから白馬は苦笑して立ち上がったのだ。
仕方ありませんね。こういう人ですから。

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快斗編ー。
ね?ぐだぐだ落ち込んでる暇は彼にはないでしょう?
周りはいい人ばっかりですからねー。
落ち込む暇もないほどわめいてくれますよー。
いいねー友情。今回は(も?)白馬君独占状態(笑)
男の友情にみえます?密やかに快斗の白馬に対する気持ちが表れるように
書いてみたつもりですが、ちょっとムリだったかな。
2002.1.20