哀
彼女は怒っていた。
それはもう猛烈に。
黒羽宅近くまで博士に送ってもらうとダカダカ荒い足音を立てて歩く。
私は怒っているのよ。
それを隠そうともしない風に。
だが彼女の外見は愛くるしい小学一年生。
どれだけ怒っていても旗から見る人には小さな子供のかんしゃくにしか見えなかった。
あらあら。何があったのかしら。
周囲からそんな温かい瞳をうけつつも哀は怒り続けた。
この怒りはぶつけるまで治まらない。
黒羽宅に付くまでにののしりの言葉を心の中で整理する。
まずあれを言って・・それからあれも言わなければ。
ああ。その前にあれを言った方が効果的かしら?
必至に一番打撃を加えられる言葉を探す。
相手に対する思いやりは一欠片も残されていなかった。
だが彼女は家に付く10メートル前で足をとめた。
だれか不審な人物が黒羽宅の玄関の前に立っていたから。
いや正確にはうろうろと玄関の前を行ったり来たりしていた。
お客?それにしては怪しすぎる行動だ。
「どうかしたの?」
チャイムを押す手を握りしめ「やっぱり・・・」と独り言をいいつつその場からはなれようとしたその中年の男に彼女―――――常に冷静な少女灰原哀は問いかけた。
「あっえ?いやっその・・えーー。ここに用かな?」
「ええ。」
明らかに動揺する相手の顔を見て哀は首をかしげる。
どこかで見た顔ね?
「その・・・快斗君と会うのかな?」
「ええ。そのつもりよ。」
彼が今ここに帰って来たのを知っているのは多分数えるほどしかいないはず。
哀は彼に取り付けていた発信器で知っていた。
彼もそれをしっているのか帰ってきたとの報告をまだ哀は受けていない。
一言言ってもよさそうなものだけどね。
「それじゃあ。これを彼に渡してくれないかな?」
「?」
紙袋を手渡され哀は訝しげに中年男をみあげた。
歳の頃は30代後半から40代初め。
あまり顔色がよくないため病気持ちか?と考えつつもどこからどう見ても健康そうな体にたんに風邪ね・・と見当をつける。
紙袋はきっちりと封をされていた。ガムテープで。
そんなに大切なものが入っているのかしら?
「渡せばいいのね?なにか伝言は?」
「あーーーいや・・。ケガを早く治すように・・と伝えておいてくれるか?」
「わかったわ。」
彼がケガをしていることを知っている。
それはどういう事かしらね。
「そ・・・それでは・・」
手をあげじゃぁというとそのままとなりの家へと入って行った。
哀は興味にかられて表札を見に行く。
『中森』
「中森・・・警部?あの人が?彼が言うような覇気があまりなかったわね。」
この彼はコナンの事。
いつも現場で怒鳴られているコナンはよく哀に愚痴っていた。
哀はKIDと手を組む際彼について一時期調べた事がある。
その時入手したデータでこの中森警部の写真を見たのだろう。
「なるほどね」
一人納得すると今度は紙袋の方に興味が移った。
「何かしら中身は?」
勝手に封印をとく。
その権利は自分にあると哀は思っている。
なにせこの一週間の自分の可哀想な仕事っぷりは快斗に何をしても文句をいわれないだけのものだったのだから。
あなたに私をののしる権利は全くないのよ。
ビリビリビリリー。
紙袋の中身は大したものではなかった。
「シルクハット・・・・・」
彼の正体を知っている哀にとっては・・・。
の話だが。
清和
「コナンちゃーーん」
さして広くもない家の中で母は叫ぶ。
それは最愛の孫(もうすでに彼らにとっては孫らしい)コナンを呼ぶとき独特の甘い声。
「あら清。コナンちゃん見なかった?」
「え?俺の部屋にはいなかったけど?居間にもトイレにも台所にもいないなら・・・外かな?」
「外ぉぉ?危ないじゃない一人ででちゃ。誘拐されたりしたらどうするのっっ。」
「いや俺に言われても。見てくるよ。」
「お願いね。」
母は寒い外に出たくないのだろう。
そういうと温かいこたつのある部屋へと戻っていく。
コナンを探していた理由を清和は見当つけていた。
多分唐突に心配になったから。
二週間たっていた。
もうすっかり我が子になっているコナンが突然・・そう本当に突然記憶を取り戻したらどうしよう。
両親も清和も心配していた。
記憶が戻るのはめでたい事かもしれない。でも・・・・
「コナンっ。」
「あっ清兄っっ。」
やはり外にいたコナンは小さな庭で物干しを見上げていた。
いや正確には空の星を。
「やっぱりここにいたか。また星見てたのか?」
「うん。星っていうより月。」
今日は満月だよ。ニッコリ笑っていうコナンに清和はまだ記憶が戻っていないのを確信しホッとした。
「綺麗だね。」
「うん。満月が一番大好き。」
小さな体をぐっとそらし真上にある月をみあげるコナンは今にも頭の重さで後に倒れそうだった。
それにクスクス笑うと清和は自分の上着をフワリと着せ後から包みこんだ。
白い息を吐き出し、頬を桜色に染めるコナンはとても寒そうだったから。
「寒くない?」
「へーき。このくらいなら。清兄こそコート脱いだら寒いよ?」
コナンが言うと本当の事でも強がりに聞こえるためか清和は苦笑してコートを脱ごうとしたコナンを押さえた。
「俺もこのくらいならへーきだよ。」
ショートコートなのにコナンが着ると地面に裾が引きずる。
それに気付いた清和はよいしょっとコナンを抱き上げた。
右腕にコナンをのっけると首にしがみついてきた。
「この方が月が近くに見えるね。」
「そう?」
「うん手が届きそう」
嬉しそうに手をのばすコナンに清和は言いしれぬ不安を感じた。
この子はいつか消えてしまうかもしれない。
コナンが月を見るのが好きなのは最初からだった。
月を見ていると何かホッとする。
そう言っていた。
これ以上見ていると何か思いだしてしまうかもしれない。
「コナン。家にはいろう。母ちゃんが探していたよ。」
「え?おばあちゃんが。解った。もう降ろして。」
「いーよ。このまま行こう。」
履いていたサンダルを脱がすとポイっと庭先に放り投げる。
片手で器用に庭への窓を閉めるとそのまま抱きかかえて居間へと運んだ。
そこにはホッとした顔の両親が待っていた。
大丈夫まだ思い出していないから。
幸せだから余計に怖い。
コナンを失う事が。
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