快斗
「黒羽君。」
小さな手に大きな紙袋を持って入ってきた少女に白馬は目をしばたかせた。
よもやの小さな子供の登場に驚いたのだ。
「ほら来た。」
そうつぶやいた快斗の言葉にも驚いていた。
それはつまり・・その・・。さっき言っていた協力者ということですよね?
白馬の思考が一瞬麻痺する。
だってどこからどう見ても小学生。しかも低学年だ。
彼が信用する協力者・・・。
白馬は毛利探偵のように大人を想像していた。
それか、見たことはないけれどコナンくんのご両親とか。
自分の想像がはずれた事に肩をすくめつつも目の前の少女から目を離さない。
黒羽君に頼られるほどの人なのだ。
目の前の人は。
子供と言って侮ってはいけない。そうコナンの例もあるのだから。
その少女は快斗の側で絨毯に大人しく正座している白馬が全く目に入っていないのか、
肩をいからせたまま快斗につめよった。
「文句は多々あるわ。とりあえず。あなた・・私に言うことがあるわよね?」
残念ながら背が小さいため上から見下ろすことができないが、哀は十分な迫力により快斗に威圧感をあたえていた。
「え?えーっとごめんなさい。」
「それは後で大量に聞くわ。その前に。」
「・・・・・?」
首をかしげる。本当に考えつかないらしい快斗にその少女はいらだったように唇をかむ。
「あなたがあそこから逃げるための一週間・・・私がどれっだけ苦労したか解っているのかしら?」
「あっ。ありがとう哀ちゃん。」
「そうよ。私は一週間徹夜でフォローしていたのよ。ついさっきまでね。それを何?こんな所でのうのうと悲しみに浸っているとは良いご身分ね。」
よく見ると目の下にくまがあった。
一週間徹夜というのは誇張でもなんでもないらしい。
「すみませんですはい・・。」
うなだれる快斗にその少女はなおも辛辣な言葉を浴びせようとするがそれを白馬がさえぎった。
「あ・・あのその黒羽君はけがしてますからそのう・・もう少しお手柔らかに。」
さっき襟首ひっつかんでゆさぶった人物の言葉とはとても思えない。
その言葉に初めて白馬の存在を認めた哀は据わった目のまま白馬をみやった。
「あら。あなたは確か白馬探偵ね。お噂はかねがね。」
とても小学生らしくない挨拶をされた。
「何故僕の名を?黒羽君から?」
「いいえもう一人の情報源からよ。」
コナン君・・・ですか。
どうやらそれだけで白馬との会話は終わったらしい即座に快斗の方に顔を戻すとまた威圧感を醸し出す。
「あなたね。ほんっっっとうに彼が死んだと思っているの?」
「・・・・」
半々だ。
あの状況を考えれば生きている方が奇跡に近い。
本当なら今現在彼を捜すために走りまわるべきなのだ。
でももし見つからなかったら・・・そう思うと体が動かなかった。
もうすでに胸が痛む時期をとっくに越えていた。
なにせ今は心臓のあたりが空洞のようなのだから。
彼の事を考えるときは第三者のように遠くから自分を見ているようだった。
もしかすると先ほどの涙で感情がすべて流れ出てしまったのかもしれない。
快斗は本気でそう考えていた。
「ありえないわね。」
あっさり言い切る哀に片眉をあげ快斗は不機嫌そうに尋ねた。
「根拠は?」
もう快斗は笑顔を保つ努力を放棄していた。
彼女を前にしたときから。
彼女に嘘の笑みなんて通用するわけないのだから。
「彼は悪運が強いわ。それはもう彼中心に世の中が回っているんじゃないかしらと常々思うくらいにね。」
「・・・・・。」
思い当たるふしがあるのだろう快斗が目をさまよわせる。
「それと発信器のとぎれた場所はあなたが最後に一番長くいた部屋。」
それはコナンがいるはずだった場所だった。
すでに爆破のせいで部屋があった痕跡すらなくドアも壁も綺麗に吹き飛んでいた。
だいたいの見当をつけ多分にここにいただろう場所を快斗は必至に調べた。
二次爆破の危険も無視して。
「あそこにあいつはいなかった。」
「ええそうみたいね。だからこそ生きていると確信しているわ。」
「あそこから逃げようとしたら下水に出るしかない。下水から地上へ出る道は教えてある。だけどあいつは出てこなかった。もし他に方法があるとしたら海に流された・・・かだ。」
「そんなっっ!この時期に海なんかに浸かったら死んでしまいますよっ。」
それまで大人しく聞いていた白馬が腰を浮かせ会話に混じった。
だが哀の反応はあっさりとしている。
「彼だから大丈夫。」
すべて運頼み。
なのにコナンだから信じられるのだ。
そしてきっぱり言い切る哀に白馬は訝しげな目をしているが、快斗は次第にそうかもしれないと希望の光を見いだす。
あの建物で1日探した。
だがそれが限界。哀からの連絡で仕方なくそこを離れた。
追っ手がきていたから。
建物内の人々は少なかったこともありすべてつぶして置いたのだが新たに送り込まれたらしい。
そしてそこから逃走劇がひたすら一週間に渡って始まったのだ。
その場所から必至に逃げ出し、時には反撃してなんとかあの人数まで撒いてきた。
だが帰巣本能か足が自分の家の方へと向かってしまってのはどうしようもなかった。
なにせ撃たれたのと疲れと何よりコナンを失ったショックで意識がもうろうとしていたのだから。
そして朝の失態。
紅子に助けられ中森警部には正体がバレる。
どーしよーもねーよな俺。
ふ・とため息をつく。
「そっか。あいつだもんな。生きてるよな。絶対に。」
どんどんそんな気になってくる。
「そうよ今頃のうのうと近所の人に拾われて可愛いーーとかいって可愛がられて暖かい部屋でおいしいご飯食べてこたつで寝てたりするかもしれないわ。」
「・・・・・」
むちゃむちゃありえそうな話に快斗も顔がひきつる。
そしてそれは幸か不幸かまさしく真実だった。
「えーーっとそろそろいいでしょうか?お嬢さんのお名前だけでも教えて頂けたらいいなぁ・・と。」
「あ・・白馬まだいたのか。」
「あらまだいたのね。」
同時に言われ白馬もちょっと胸が痛む。
ひどいです二人とも。
「こいつは灰原哀。コナンの知り合いだよ。」
「クラスメートよ。」
「やはり6才なんですね。」
ちょっぴりショックをうけ六歳に負けた自分を哀れむ白馬。
「ただの六歳じゃねーよ。何せコナンよりよっぽど頭いーしな。俺も哀ちゃんにはかなわねーからな。」
「まああなたに負けたら私の立場ないわよね。」
なにげに恐ろしげな会話を交わす二人に白馬はおびえる。
待ってください。黒羽君がかなわないって・・・。
しかも立場ないってどういう事ですかぁぁ。
残念ながらその謎に答えをくれるものはこの場にいなかった。
「そういえばこの袋。さっきみせてもらったけど。早く見た方がいいわよ。」
「んあ?見せてもらったって?」
「見ればわかるんじゃないかしら?」
意味深な笑みをみせるとはいと袋を手渡す。
それはガムテープがきっちり貼ってあった後が無惨にも残されていた。
その傷跡を見ただけでその時哀がどれだけご立腹だったかよく解る。
紙袋むちゃむちゃ破れてるんですけど。
快斗は引きつった顔で紙袋をうけとりそっと中をのぞいた。
「・・・・・・・」
呆気にとられたように無言になる快斗に哀は唇の端をもちあげ、白馬はひっそりと見つめた。
「・・・・中森・・警部に会ったのか?」
押し出すような声と共に頼りなげな瞳が揺れる。
「ええ。玄関の外でうろうろしていたから。」
「何か・・言ってなかったか?」
すがるような瞳。それは快斗にしてはめずらしい顔だった。
「『けがを早く治すように』それだけよ。」
「・・・・そう。」
何を求めていたのか?
許してくれると思っていたのだろうか自分は?
快斗は目を細める。
中に入っていたのは大切な父の形見のシルクハット。
ぐしゃぐしゃになっているがそれはまぎれもなく自分のだった。
「そっか。警部が持って帰っていたのか。」
探しても見つからなかった帽子。
まさか・・とは思ったが。
袋の中身に興味深そうな白馬になんでもないと苦笑すると袋ごとベッドの下におく。
「あら?いいの?」
クスっと笑うその笑みは意地悪げだった。
「中に手紙が入っていたけど?」
「・・・先にいって欲しかったな。」
「聞かれなかったもの」
「はいはい。」
ドキドキと袋の中をあさる。
それは最終通告かもしれない。
でも期待が・・・膨らんでいる。
中に入っていたのはそっけない便せん一枚だった。
封筒にも入っていないそれはきちんと四つ折りされている。
彼にしてはきちんとした字で一言だけ書いてあった。
『私が追っているのは怪盗KIDであって君ではない。』
それだけ。
これは・・・・見逃す・・て事?
涙が出そうな瞳をしばたかせ傍らの哀を見る。彼女の目は優しかった。
「いい人ね。」
「・・・・・。」
うん。本当に。
彼はこれを書くまで沢山悩んだだろう。
結論が出るまでどれだけ頭を悩ませただろう。
俺なんかの為に。
「黒羽君・・・」
あの・・僕は失礼しますね。
白馬はそそくさと立ち上がると返事も待たずにその部屋を後にする。
このまま少女の話を聞きたかった気持ちもあったがあの場にいてはいけないのに気付いたから。
「・・・・私も失礼するわ。文句はまた明日・・・。これ使いなさい。」
ポケットからハンカチを出すと布団の上に放る。
それとこれはお見舞いと言って救急箱をボンッと置いて出ていった。
一人残された部屋で快斗はうつむいていた。
なんで・・・・。
こんなに皆優しいんだろうな。
快斗は泣いていた。
声もださずに。
ただ涙だけ流して。
誰一人優しい言葉は吐かなかった。
皆叱ってくれた。
自分がそれを望んでいるのを知っていて、自分の事を心配してくれて。
涙が止まらない。
皆が優しすぎて。
コナン・・・今・・・お前がここに居ないことを本当に残念に思うよ。
この気持ちを少しでも伝えたい。
一緒に分かち合いたい。
きっとお前は笑うだろうな。
優しく苦笑して。
「それが幸せってもんだろ?」
・・・ってさ。
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