〜約束「13」〜


コナン

コナンは月を見ていた。
今いるのは自分が拾われたというあの海。
ここにはもう何度も月を見に来た。
そのたびに危ないからと清和が付いてきてくれて、ちょっと離れたところでそっと見守っていてくれる。

この寒空の下ずっとずっと考えていた。
吐き出す白い息も切れるように冷たい空気も忘れるほどに。

今の自分と過去の自分。
今の生活と過去の生活。

いまコナンは本当に幸せだった。
優しい家族に囲まれて愛情をそそぎ込まれて。

あれからすでに3ヶ月。
ご近所の人とも仲良くなり友達もできた。
すっかりとけこんでいる。

思い出さなくても全然平気だった。
でも・・・
心の中で何かが叫んでる。
思い出せと。

思い出さなきゃいけない。
―――――が泣くから。

だれが泣くというのだろう。
でもそれを考えるだけで胸がズキンと鳴る。
苦しくなる。

その人が泣いているそう思うだけで今すぐに側に行ってなぐさめたくなる。
「泣くなよ」って言ってあげたくなる。

なんで?思い出せないのに。
誰なんだ。この人は。

コナンはずっと考えていた。
早く思い出せ。早く・・・。
自分がいなくなったら悲しむ人がいる。

でもそれでも思い出さなきゃいけない。
だから月を見ていた。

何か思いだせそうな気がするから。
睨み付けるようにじっと見る。

月がすべてを知っている・・・そんな気がするから。



ざく・・・

ざく・・・・・

砂浜に足音が響く。

こんな時間に人がいるとは思わず、清和は慌ててコナンの側まで駆け寄った。
今までにこんな事は何度かあった。
そのたび犬の散歩やら単なる酔っぱらいで清和はホッとしていた。
だが今回のこの胸騒ぎはなんだろう?
この場から離れたい気持ちを必至に抑え清和はコナンの肩にそっと触れた。




「―――――しんいち?」

波の音にかき消されそうな程の小さな声だった。
だがコナンは聞き取った。
ピクンっと体が反応する。

・・・・知ってる?この名前を。
この声を。
誰・・・なんだ?



「新一・・・なのか?」

暗闇で顔がみえない。背後に月を背負ったその人物はコナンまで後約10歩といったところで足を止めた。

近づいたらコナンが逃げると思ったのだろうか。

「誰?お兄さん誰なの?」

近づこうとするコナンを清和が引き留めた。
不審者だからというわけではない。
行かせてしまったらもう戻ってこないかも・・・そんな不安におそわれたからだ。

「清兄っ。」
「・・・・・あなたは・・・誰ですか?」
「俺は―――――黒羽快斗」

月の下の彼は凛とした容貌と強い瞳でとても綺麗だった。
清和も目を奪われるほどの美しさ。
黒いセーターに分厚いジャンパーを引っかけジーンズにスニーカーといったらラフな格好だったが
それがとても似合っている。

夜の闇にとけ込むほど漆黒のくせのある髪を潮風にさらわせてその人はただコナンを見つめていた。
コナンも小さなコートをはためかせながら風に負けまいとしっかりと立ちその人を見つめる。
冷たい切れそうな風の中二人はびどうだにしない。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」

清和は目をつむってため息をつく。
もうだめだ。
もう・・・もう彼は・・・。

「黒羽君・・でしたね。うちに寄って下さい。説明しますから。」

彼は無表情のままうなづくとゆっくりと10歩の距離を縮めた。
「新一。お前は全てを忘れたかったのか?」

小さくつぶやく声が胸に響く。
コナンは大きな目をしっかり開けて快斗の目からそらさなかった。
じっと見つめ合う二人に清和は振り返り困った顔をした。

「コナン。黒羽君。とりあえず歩いてくれないと家へ帰れないんだけど。」

「あっごめん清兄。今行く。行こうお兄ちゃん。」
そう言って手を取ろうとするコナンの手を快斗は振り払った。
それにコナンは言いようのないショックをうけた。
たかが手を振り払われただけなのに。

「快斗だ。」
傷ついたコナンの瞳を見て快斗が唇をかむ。
おもわず振り払ってしまったのだ。
「・・・・・カイ・・ト」
小さな唇からその言葉を聞き取ると快斗はやるせない笑みをうかべコナンの手を取った。
「行くか。」
「・・・・うん。」




快斗
やっと見つけたと思った。
あの街で一体いくつ目だろうか。
白馬や紅子、哀それにもう一人の協力者服部の情報で快斗はいろんな場所へと飛んで行った。
本当は手分けして探した方がいいのは快斗も解っている。
それでも自分が見つけたかった。

自分が一番最初に顔を見たかった。
そんな我が儘を皆は仕方ないな・・と苦笑しつつ受け入れてくれた。

考えたくないが、海にいるかもしれないという言葉に海の捜索だけは白馬に任せた。
「そんな所にいて今まだ生きてる可能性なんてないに等しい。」
そう言ったら白馬は「コナン君ならもしかするとなんとか海に浮いているかもしれませんっっ」
といいはり、快斗はありえなくはないと言うことで了解した。
もし本当に海に漂泊していた場合を考えると海の捜索はしておくべきだと思ったから。

今回の情報が入ったのは確か昼の事だった。
この街にコナンと言う名の少年がいるらしい・・・と。
快斗は即座に動いた。
ここまでは交通の便が悪く電車やバスやタクシーを乗り継いで延々8時間(それでもまだ近いほうだが。もっと遠いところは丸一日かかった)
やっと付いた頃にはどっぷり夜だった。
しまったな宿とれるかな。
そんな事を考えつつ潮風に惹かれて海のほうまで歩いてきた。

海。
ここにあいつが流れ着いたかもしれないのだ。
そう感慨深げに夜の海を眺めていた。
辺りは街灯がないせいか暗かった。
月明かりのおかげで足下は見えるが少々先は真っ暗闇だ。

ゆっくり歩いていると人の気配がした。
ジッと動かない人が二人。
気配に敏感な快斗だから気付いたのだろう。

興味にかられてそこまで歩いた。
本当に偶然だった。

近づくにつれその人の輪郭がおぼろげに見える。
小さな子供だった。
ジッと痛いほど冷たい空気の中空を見上げていた。
「・・なきゃ。」
ちいさく唇が動く。

耳のいい快斗は風下だった事も幸いしてその言葉をききとれた。
「思い出さなきゃ。」

その声は聞き覚えがあった。
それどころかこの数ヶ月ずっと夢見てきたあの人の声。

だから声が出た。
「―――――しんいち」


訝しげに・・でも期待をこめた声が。




「そう・・・だったんですか。」
その家はまるでお通夜のように暗い雰囲気を醸し出していた。

居間でこたつにはいり話を聞いていた快斗はゆっくりと息を吐き出した。

記憶を失っている。

それは想像していなくはない話だった。
あの海で会う前から覚悟はしていた。
3ヶ月だ。
コナンがいなくなってから。

その間にコナンから連絡がないかと神経すりへらして携帯をチェックしていた。
それがタダの一度もこない。
これはもう最悪の事態か、電話を掛けられる状態じゃないかのどちらかだろう。
だから予定の中に記憶喪失も入れていた。
だがそれはあくまでも「かもしれない」だ。

その時は冗談のように口にした。
そして生きていてくれるなら記憶なんてなくてもいーよ。なんて気軽に笑っていた。
それがどうだ?
生きていればいい?
いや嬉しいけど「お兄さん誰?」
とか言われた俺はどうすればいいんだよ?
快斗はいらだちを押さえるように目を閉じて深く深呼吸を繰り返す。
そうでもしないと今にもテープルを殴りたくなるから。

見つけた時は嬉しかった。
それはもう一気に体の温度が上昇して笑みがのぼったね。
なのに一瞬にしてそれは消え失せた。
覚えてない。
それは死んだも同然じゃないのだろうか?

なんで・・・・なんでこんな事に。


対して清和達も暗い顔をしていた。
コナンの家族がとうとう現れた。
しかもずっと探していたらしい。
それはどう考えても帰さなくてはならないだろう。
ちらりと父は隣に座るコナンを見る。
うつむいているからどんな顔をしているか解らない。

沈黙の嵐をぶちやぶり快斗が小さくため息をつき口を開いた。
「・・・コナン・・・」

名前を呼ばれてビクッと顔を上げる。
そこには優しい瞳の快斗がいた。

涙が出そうになる。笑ってくれた。この人が。
それだけなのに嬉しくて仕方がない。

「次の満月の夜までに思い出せ。それ以上はもう待たない。」

その男の口から吐かれた言葉はその笑顔とは全く違って辛辣な一言だった。

『待たない』

それはどういう意味。

コナンが目を見開くと彼はよいしょっと立ち上がった。
「あ・・。」

「今日はこれで失礼します。突然押し掛けてしまってすみませんでした。」

「でも宿とってないのでしょう?」
ここに泊まれば・・そういう母に快斗は苦笑をみせた。

「いえ。今から帰ります。帰って伝えなければならない人たちがいるから。」
「そう。」
母は残念そうにつぶやく。
礼儀正しく見目麗しいこの少年は母にとっては嬉しい存在。
もちろんコナンを奪う人でもあるのだけれど。

「申し訳ないのですがこのままこいつ預かってもらえますか?」
今すぐに連れて帰るのだろうと思っていた面々は「え?」と驚きの声をあげた。
コナンは解っていたのかうつむく。

「8日後の・・・満月の晩また来ます。それまで・・・。」
「全然かまわないよ。」
「ありがとうございます。それじゃあ。おじゃましました。」
清和の言葉に深く頭をさげジャンパー片手に居間を出る。
母は玄関まで見送りに行った。
母と楽しげに会話を交わす快斗の声が居間まできこえる。




「8日後・・・」

もう待たない・・・。
その言葉がずっとコナンの心を占めていた。
それってどういう事だろう。
もう待たないってもう・・自分の事を諦めると言うことだろうか。

怖い・・・。
見捨てられる。
どうしよう。
思い出さないと。早く・・・。

声を殺して泣くコナンに清和と父はそっと目を合わせた。



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急展開ーーー暗いですーー暗いですーー私まで
暗くなりそうな暗さですー。

・・・そして一つ皆様に謝らなければならないことが。。
何故三ヶ月?と思ったそこのあなたぁぁ。
白馬編をきちんと読んでいる証拠っっ(笑)
私の書き方が悪かったですすみません。
あの紅子ちゃんの占いは、「一年後には笑顔を取り戻している」
それは一年後に戻ってくると言う意味ではなく、その前にコナンちゃんは帰ってきて、
一年後の今頃は暢気に笑っているといったそんな意味だったのです。
うーんこの説明も伝わるか分からないですねー(説明下手ですすみません。)
まあ一応私はそのつもりで書いていたのですが言われて初めて
おお・・しまったそうとしか読みとれないではないかっっと気づきまして。はい。すみません。

と言うことでようやくコナンちゃん発見っっっ。
なのに明るくないっす(涙)
快斗ーーコナンちゃん泣かすとはどゆこっちゃーー地獄落ちろやぁぁ。
         2002.2.18