中森銀三
季節は冬に近づいた秋。
朝方だけあって辺りは肌寒い空気に覆われていた。
木々は葉を落としさらに空気が寒い感じがする。
霜がかった朝の街はあいにく早すぎるせいか犬の散歩の人ですら見かけられない。
後数時間後には通勤の人々でにぎわう道も今はただ静かな空間と化していた。
ただ家が建ち並ぶ人気のない住宅街に一つの足音が響いた。
「ぶえっっくしょぉぉい。」
うーさみーー両手で腕をさするとズズっと鼻をすする。
茶系のスーツ上下に白いワイシャツ。ちょっとくたびれた茶色い革靴。
じみ目なネクタイを緩くしめたその姿はどこからどう見てもくたびれたサラリーマンにしか見えなかった。
「最近KIDが現れないと思ったら凶悪な犯罪ばっかり立て続けに起こりやがってっっ。」
おかげで徹夜だっ見ろこのくまをっっ。だれにともなくわめきたい気分だ。
首をコキコキならしつつ、愚痴愚痴独り言を大きな声で言う。
辺りにだれもいないからか、それともそんな事を全く気にする性格ではないのか。
「帰って青子にお茶漬けでも作ってもらうかな。」
こんな時間にたたき起こされ機嫌は悪くなるだろうが疲れた父を見て仕方ないなーと言いながらも作ってくれるだろう。
「本当にいー娘に育ったよな。」
うんうん。一人涙して大きな独り言を彼はぞっこうしていた。
彼中森銀三はこう見えて刑事だ。しかもKID専属の警部さん。
それに大層ほこりを持っており、銀三はKIDが現れないと調子が出ないほどの執念を常々みせている。
ここ最近ぱったり行動を絶っているKIDだが、銀三は実は丁度よかったと思っていた。
いつもなら間違いなく「早くこーーいKIDぉぉっ。」と叫んでいるはずだ。
今彼は、KIDに煩わされている暇・・というか精神状態ではなかった。
だから正直今はKIDごぶさたは大変ありがたかった。
理由ただ一つ。
隣のガキが消えた。
それだけだ。
「もうひと月・・か・・・」
隣の息子が行方知れずになってから。
まさか・・・という思いが強かったが同時にそうか・・とも思った。
その子黒羽快斗という少年は銀三の娘青子と同学年であり、幼なじみでもある。
銀三自身もほとんど実の息子のように扱っていた。
悪いことをすれば叱り、時には殴り――――
そして、腹立たしくもいつかは青子と引っ付いて本当の息子になるだろう・・・・
そこまで考えてもいたのだ。
まあ、快斗君なら悔しいが我慢してやるか・・・とかちょっぴり思っていたのに。
印象といえばいつも笑っているガキ。
悩み一つなさそうでいーねーとか思っていた。
隣だけあって二日にいっぺんは顔会わせたし、そのどのときを見ても笑顔だった。
今から考えればそれ自体おかしい事だったのだ。
あの青子ですら時々ため息をついたり、何でか怒ってたりボーッとしていたりするのだから。
いつも笑っている奴なんて普通いるか?
でも快斗は笑っていた。
青子に聞いてもやっぱり笑ってると言う。
怒ると言ってもふざけた感じしかないし、泣いたり落ち込んだ姿など一度も見たことがないらしい。
そんな事ありえるのか?
銀三は快斗が失踪してからずっと考えていた。
いなくなる前日会ったのだ。
その時もいつもの笑顔だった。
「おっっはよぉ。中森警部っ。」
「おお。おはよう。いつも元気だな。」
バシッと肩を叩かれ顔をしかめつつもニヤリと笑ってやる。
「まぁね。」
へへっと子供のように笑う彼に家の方をあごさすと彼はうなづいた。
「青子待ちか。あいつトロイからな。」
「そーだねー。なんとかならないあの鈍くささ?」
「人に言われるとむかつくぞ。」
「やだん中森警部ったら怒っちゃやーん。」
「あほっ。くねくねするなっ気色悪い。」
快子かっなしーと泣き真似をする快斗に銀三は苦笑いをすると
「ま、気をつけていけよ。」
ポンッと頭に手をおいてやる。
それにニカッと笑うと快斗は頷いた。
「青子ーーー快斗君が待ちくたびれてるぞーー。」
「まってぇぇぇ今行くからーー。」
中から明るい青子の声が聞こえる。同時に階段を踏み外したのかドガシャーーンとものすごい音も。
二人で顔を合わせ苦笑した。
「青子は今日も元気ですね。」
「そうだな。あいつは大抵いつも元気だがな。」
元気だけがとりえだからなあいつは親ばかデレデレの顔をした銀三に一瞬快斗は眩しそうに目を細めた。
「どうした?」
「え?」
「いや・・なんでもない。」
ほんの一瞬の事のため銀三も自信がなく気のせいかと思い直す。
それほど快斗はいつもの笑顔だったから。
「それじゃ中森警部っ。また・・・。」
そのまたにどんな深い意味が隠されているかなんてこの時の銀三には解らなかった。
明るい笑顔で手をふる快斗と娘に今日もいい日だと空をあおいでいたのだから。
何度思い返してもやはり笑顔だった。
その次の日に失踪するなんてそぶりは全然見せなかった。
なのに―――――
母子家庭の子がたった一人の肉親をおいて出て行くんだ。それなりの理由があるはずだし、それはもうとても悩んだはず。
そんなそぶりの一欠片も見受けられなかったのだあの時の快斗に。
ようするにそれだれけ隠すのがうまいと言うこと・・・・。
それじゃあ今まで俺はどれだけ本当の快斗を見ることが出来たんだろうか?
銀三は肩を落としフラフラと徹夜明けの身体を家へと運びつつそんな事を考えていたのだ。
ここ一ヶ月ずっと考えていた。
「あの子の仮面はだれかの前ではがれることがあるんだろうか―――――」
母にすら被る猫。一息つける場所が彼にはあるのだろうか?
自分が快斗の事について何一つ解らない事を快斗が失踪して初めて気づきがくぜんとした。
いたずらっ子の脳天気なガキ。
ずっとそう思わされていたのだから。
失踪後、幼なじみの事を思い泣き暮れる娘と共にとなりへと差し入れに行った。
彼の母は気丈にもいつものふるまいでお茶をごちそうしてくれた。
向かいのソファに座ると一息ついたのか無理して作ったような笑みをほんの少しくずした。
「快斗君が家を出たというのは?」
「本当の事です。」
ご近所でも元気で有名な快斗の失踪は実は結構なスピードで近辺に知れ渡った。
毎日元気に挨拶する快斗が突然三日ばかりいないのだ。
どうしたのだろう?と皆は心配したらしい。
そして知った事実。
快斗は家にいない。
口さがない人々が最近の子は・・・と陰で言っているのをしっている。
かけおちかしら?それとも家がいやでとびだした?
見かけによらないわね―――――等の噂は聞いていて気持ちのいいものではない。
「何故突然に?何か事件にでも巻き込まれたんですか?」
青子に聞いたところでは前日学校帰りにもまったく変なそぶりはなかったという。
「いえ。自分の意志です。きちんと私とも話し合っていますから。」
出ていく日は決めていなかったという。
だから朝起きたとき一枚の紙切れと共に小さなネックレスが置いてあった時に彼の母は全てを悟ったらしい。
贈り物らしい赤い涙の形のルビーは今も夫人の胸元を飾っていた。
何故赤なのだろうか。
赤い涙はだれの涙か
「あの子達は自分がやらなければならない事をしているだけです。」
だから私の出来る事はただ待って彼らの帰りを祈り続ける事だけ。
さきほどからずっと複数形なのに銀三は気付いていたがつっこめずとりあえず流した。
胸元のルビーにそっと触れ、彼女は顔を上げて前を見つめる。
強い人だと思った。
「一つだけ・・・失礼な事を聞いても?」
「ええ。なんでしょう?」
ずっとずっと考えていた事。今聞かなければ一生聞けないような気がするから。
「彼には・・・本当の顔を見せる事の出来る相手はいたのでしょうか?」
その言葉に彼女と隣で今までジッとしていた青子がはじかれるように銀三を見つめた。
そこまで回想してふ・・と前方に人影がいるのに気がついた。
こんな朝っぱらから?
銀三は目をしばたかせ前方をじっと見つめた。
その人は白い服を着ていた。
まさか?
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