光のかけら14
なんというかこんなあっさり犯人が見つかっていいものだろうか?
そんな不謹慎な言葉が白馬の頭の中を駆けめぐった。
しかも彼が殺した?え?ちょっと待って下さい。
頭が混乱してて・・・。
「そのひも・・・あんたが用意したもんなのか?」
イスの回転を止めた快斗は真剣な瞳を伊瀬に向ける。
その眼差しに体がビクリと跳ねた伊瀬は、快斗から目をそらすと両手をギュッと握りしめ、ゴクリと唾を飲み込み乾いた唇で答えた。
「・・・・気付いて・・・おられましたか。いえ、あのひもは私ではなく佐久間が・・」
「佐久間さんが?どういう事ですか?すみません最初から話して下さい」
「はい」
白馬がどうしようもなく情けない表情で伊瀬に向き直った。
何故黒羽君はあんなに冷静にこの事実を受け止めているのでしょうか?
もしかすると昨日伊瀬とふれあってしまったせいでこんなにも心が揺らぐのかもしれない。探偵にあるまじき事だ。
それでも・・・目の前の男が犯人だという事実は白馬に驚くべきショックを与えていた。
「この会社は非合法の薬を作ってます。」
「は?」
初っぱなからとんでもないことを聞かされ白馬はテーブルに手をついて詰め寄った。
「そ・・それって」
「麻薬じゃなくって毒だよな?」
あっさり答えたのは伊瀬ではなく快斗だった。
「君はなんでそれを?」
はじけるように顔をあげた伊瀬に快斗はあいまいに微笑む。
「まあ色々と」
さっきもそんな言葉を聞いたな・・と思いつつ白馬は唇をかみしめる。
なんで彼は全てを知っているかのような錯覚を見せるのだろうか。
単に哀がコナンに佐久間の話を流しているのを聞いてしまっただけなのだが、白馬にとってはなんでも知っているかのように映ってしまうらしい。
それは伊瀬も同様らしかった。
「彼の言った通り、毒です。佐久間はそれを知って昨日の昼社長室に忍び込んで書類を盗み出したんです」
「と言うことは最近まで知らなかったと」
「はい・・佐久間は」
「あなたは知っていた?」
「・・・知っていました。」
「なのに何故?」
毒と知っていながら作っていたのか?白馬の問いに伊瀬は苦しそうに眉間にしわをよせると
「言い訳ですが、私の妻が心臓を患ってまして、そのための手術の費用が必要だったんです。最初は断ったんですが、社長が一般企業の三倍の給料をだすと」
「お金のため・・ね」
「黒羽君そういう言い方はっ」
皮肉気な快斗の言葉に白馬が振り返りとがめる。
「いえ良いんです。結局はそういうことですから。」
どう言いつくろったところで結局はお金の誘惑に負けたのだから。
「えーっとそれで佐久間さんは逃げた?」
「あ、いえ、当初の予定では書類をトランクにつめてさっき言っていたひもで山の下まで運ぶ予定だったんです。あのひもは前回下山した時に下の木にくくり付けておいた物らしいです。」
「なるほど。先に下におろして置いて本当は夜辺りにひっそりと下山するつもりだった。そういう事ですね?」
社長室からのびたひもは木々にまぎれ見えない。
例外があるとすればその下の階の住人が窓から身を乗り出し上を見上げる時ぐらいだろう。まず、そんな事をする人はいないだろうが。
「はい。そう言ってました。でも出掛ける筈だった社長が戻ってきてその現場が見つかり口論になり・・・」
その話の流れでいくとまるで佐久間が社長を殺害したかのように聞こえる。
「はずみで佐久間が社長を突き飛ばしたんです。その時気を失ったらしく、佐久間は慌ててこの部屋から逃げ出しました。トランクを抱えて」
「佐久間さんは社長は自分が殺してしまったと思いこんだんですね」
「だと思います。私は佐久間に渡そうと隣室の社長専用の書庫で書類を漁っていてそれを見てしまいました」
「決定的な書類がそこにあったんですか?」
「はい。社長は細かい人でしたから、いちいち誰にどんな目的のために薬を売ったかなど書き留めていました。もちろん実験のために自分が使用した薬も。」
隣室で二人の言い争う声を聞き慌てて止めに入ろうとしたその瞬間社長が壁で頭を打ち気を失い、佐久間が逃げ出した。
そしてその数分後意識を取り戻した社長が電話を片手に佐久間を殺せと言っているのに気付き慌てて電話を止めにはいったのだ。
そしてごたごたやっているうちに灰皿で殴ってしまい今度こそ本当に死んでしまった。
目の前にあった長いひもを見てとっさにこれで社長を消してしまえば佐久間が逃げる時間ができるかも知れないと思ってしまったのだ。
だがよく考えてみればすでに社長は電話をし終えた後だし、その前に英語でかわしていた電話はどうやら社員なんかよりよっぽど危ない人たちだったらしいと知り、伊瀬は気が気でなかった。
「ようするに突発的犯行だったと言うことですね。」
「じゃあさ。なんであんな所に社長おろしたんだ?もっと下にすりゃ佐久間さんも
疑われることなかったんじゃねーの?」
伊瀬の告白に二人は眉をよせる。
「もっと下・・・ですか。そうですねできればそうしたかったのですが。」
できれば?したかった?
不思議な言い回しをする伊瀬に白馬が口を開こうとした瞬間、はあ・・とやるせない
ため息をつく伊瀬の背後から幼い声が聞こえた。
「ひもが切れたんだよね。重さに耐えきれなくて。」
え?と三人が全員が扉の方を慌てて振り返った。
だれだ?
少し前から気配を感じていた快斗が下を向いてニヤリと笑う。
やっときたか。
現れたのは小学生くらいの男の子が一人。
その背後から失踪したはずの佐久間が現れた。
そしてその後にはいつの間にか元容疑者55人全ての人たちが勢揃いしていた。
佐久間は呆然と自分を見つめる伊瀬へと近づくと深々と頭を下げた。
「佐久間・・・」
「すまない。私があんな事を計画したばっかりにお前まで巻き込んで。」
「違うよ。俺は俺の事情でやってしまった事だから。」
「でも俺をかばうために・・」
親友同士の会話に口を挟む物は誰もいなかった。
唯一、父を殺害された真悟だけは今にも殴りかかりそうな勢いだったが背後に居並ぶ数人に押さえられ、睨むだけにとどまっていた。
らちのあかない堂々めぐりを繰り返す親友達を止めたのは最年少の少年だった。
一体何をする気かと周囲が見守る中、その小さな少年はとてとて近づき佐久間の足をぽんぽんと叩くと二人の間に入った。
「違うよ佐久間さん。確かにそれも理由の一つだろうけど。」
ちらっと傍らの伊瀬を見上げると
「ちょっとだけ僕の話に付き合ってもらえるかな。伊瀬さん。」
可愛い声とは裏腹にコナンの声は逃げを許さない。
意味がよく理解できなかった伊瀬が返事をする前に口を開いた。
「さっきの自白は聞いたよ。所々事実と違うところがあるよね?」
「違うところ・・というと?」
佐久間の眉が八の字になる。この子は真実を話すと言っていた。さっきの伊瀬の自白だけでも充分衝撃的だというのにまだあるのか?
「最初から順を追って説明するよ。大体はさっきの伊瀬さんの話であってると思う。でも・・・」
けっして目を会わせようとはしない伊瀬を見上げ大きな眼鏡をキラリと光らせるとコナンはポケットに両手をつっこんだ。
「佐久間さんが社長を突き飛ばしたころ、隣室であなたは書類を探していた。その時見つけた書類がたぶんこの事件の真相を握ってるんだ。」
伊瀬のこぶしが微かに震える。
目は地面をみつめ、ジッとワントーン下がったコナンの声に耳を傾けていた。
「真相って?」
そんな伊瀬とコナンを交互に見、言葉が本当なのだろうと思った佐久間が心の声を無意識に出す。
「それは後で。」
ちょっと肩をすくめ佐久間に一瞬だけ目を向けすぐに伊瀬に戻した。
「それを見た伊瀬さんが、隣室の争いで倒れた社長の元へとかけつけた。真実を確かめるために。社長は肯定したんだろうね。それが殺害の動機。」
そこまで聞いた伊瀬は下を向いたままゆらりと握った手のひらで顔を覆う。
「どういう意味だいコナン君?伊瀬っ一体何を見たんだそこで?」
答えようとしないコナンにらちがあかないと思ったのか佐久間は伊瀬に詰め寄った。
「なんで・・・・なんで君は知ってるんだい?ひもが切れてしまったことも・・・」
そんな佐久間を視界の隅にとどめつつ、呆然とした声が伊瀬の口からこぼれ落ちた。まるで地面にすいこまれるかのように小さく低く。
佐久間の言葉など聞こえてない様子で伊瀬は足下の子供に顔を向ける。
「途中から伊瀬さんの事を疑ってたんだ。だから知り合いに伊瀬さんについて調べてもらったんだよ。ひもはまあ、いろいろな事情から推測しただけだけどね。」
勝手に調べてすみません。とピョコンと小さな頭を下げる。どう考えても目の前の子供は産まれてから数年しか経ってないようなひよっこ。それがどうして・・全てを見透かすような瞳で自分を見ているのだろう。
伊瀬は疲れた顔でコナンの蒼い瞳を朦朧と見つめた。
「そうか・・君はとっくに解っていたのか。誰の犯行か、その動機も。」
私が自白する前から。
「・・・うん。」
伊瀬の言葉にゆっくりうなづく少年に白馬は目を見開く。
本人に告白されるまでまったく気づかなかったのだ自分は。それをこの少年は・・・。
僕はうぬぼれていたんだろうか。
自分は人より秀でた頭脳を持っていると。犯人をしぼって
トリックを見破って。あら探しをして・・・。
そして結局犯人どころか容疑者を絞りきることすら出来なかったのだ。まるきりバカじゃないか。
唇をかみうつむく白馬。それに気づいた快斗はチラッと白馬に目をやるとゴンっと下がった頭を上からなぐりつけた。
「くだんねー事考えてる暇あったら少しはしっかり聞いてろ。今あいつが推理してんのはお前がかかわった事件だろ?そしたらその推理をしっかり見ておく事がお前の仕事じゃねーのか?自己嫌悪に陥りたいならこの事件がきっちり解決してから一人でひっそりとしてやがれ。」
正論すぎて反撃もできない白馬。あなたに何がわかるんですかっと怒鳴りたい気持ちを
グッとおさえ、快斗を睨み付けた。半ば八つ当たりだろう。
そんな二人の会話に気づいてはいたがコナンは無視して伊瀬との会話を進めた。
「社長さんを殺害したあなたは、そのまま置いて置いてもよかったんだ。でもさっき言ったとおり佐久間さんの時間かせぎと、ある物を探すために社長をひととき人目から避けたかった」
ある物ってもしかして昨日探していた彼の宝物のこと?割り込もうとした白馬を快斗の腕が止める。
「後でいい。今は最後まで真相をきけ。」
白馬を止める小さな声が聞こえそちらを振り返り今度は快斗に小さく目礼をするとコナンは話を続けた。
今はまだ割り込んで欲しくない。
この捜し物の話を後へ延ばしておきたいから。
そんなコナンの思惑がもちろん分かったわけではなく、快斗はただコナンのこの探偵劇に水を差したくなかっただけだ。
いっそ今ビデオカメラを持っていたらそこらへんに仕掛けておくのに・・とちょっぴり悔しいぐらいなのだから一秒でもしっかりと自分の目に焼き付けておきたい。
こんな大切な場面をこの隣りの自称探偵にジャマなんてされたくない。
「たぶん、あれは・・ああ、もしかしてそのテーブルに置いてあるひもがそうかな?それは隣りの社長専用の書庫。社長室からしか入れないそこの窓にくくりつけてあったんだと思うんだ。書庫というのは日を当てないため常にカーテンが引いてある物。カーテンがひいてあればひもの存在に気付かれる可能性は非常に低いからね。」
と社長室内にある扉を指さす。今まで分かっていなかった真相は先ほどの伊瀬の自白により埋められた。
予想の域を超えていなかった推理が真実へと引き上げられ、今は自信を持って言える。
「そこの窓あたりから隣室までの道のりにたぶん微かにでも血痕が残っているはず。残っていないとしてもルミノール反応が出ることに変わりはないけれど。何せ社長は頭部を打撃されたんだ。当然血は流れてる。
最初はおそらく書庫に隠して置こうという考えだったんだと思う。だけど、その部屋へ入った瞬間に佐久間さんが用意していたひもの事を思い出し、あなたは驚くべき事を決行した。
あんな丈夫でもないひもで大の大人を下山させようとするなんて・・・とんでもない事を」
そりゃこの部屋に置いておくよりよほど見つかる可能性は低くなる。だが失敗すれば真下に落ち、隠すどころのさわぎではない。
「そしてひもは切れた。あそこまで持ちこたえた事の方が僕は不思議だけどね。」
どうかな?違う?そんな瞳で見つめるコナンに伊瀬はゆっくりと目をつむると震える唇で答えた。
「あってるよ。たぶん私も動転していたんだと思う。あんなバカな事をするなんて。」
まあ此処まではさっき伊瀬が言っていた事とほとんど変わりないから合っているのは当然だ。
だがこの先が問題。
「動機は・・・動機は一体なんなんだ?さっき書庫で見つけた書類がどうのって」
何度問うても答えてもらえなかった問いをもう一度口にすると伊瀬の腕を掴み揺さぶる。
それに答える言葉を持たないのか伊瀬は唇をかみしめ佐久間の腕を振り払った。
「伊瀬っっ」
彼らしくないその態度に佐久間は何があったんだっとコナンを振り返る。普段穏やかな彼を知っている者もそんな乱暴な仕草に驚いているようだった。
それに一度目を伏せると意を決したかのごとくグッと顔を上げ伊瀬を見つめたままコナンは佐久間の問いに答えた。
「動機は敵討ち。」
あとがき
うーん笑える要素が一つもないって気が重いですねぇ。
まあとりあえず光のかけら14をお送りいたします。
ようやくお二人がお会いいたしました。
ええ。ようやく。
でもこう二人の会話がないのが寂しいですねぇ。
ああ・・残念。予定では話はずむ(というか一方的に快斗が話続ける)はずだったのですが(涙)
予定は未定。素敵な言葉ですね。古人の言葉って偉大です。
2002.4.20